第127話 虐殺

「暗黒の五百年……歴史棟を管理する私にしてみれば、まぁそんなに遠い昔でもない。あれは神妃という存在を軽んじ、残酷な扱いを行った人類への罰だった、と私は思う。もちろん、世界の名だたる賢者や研究者もそう結論づけているから、あながち間違いでもないだろうけれどねぇ」



 神が妃を隠してしまった。


 その期間を〈暗黒の五百年〉と呼ぶ。



 では、その切欠は何だったのか?


 その時、人は神妃にいったい何をしたのか?



 蔦の聖痕を持つその娘に。


 水銀を飲ませ、声を奪った。


 瞳を焼き、視力を奪った。


 四肢を縛り、壊死してしまった部分を切り落とし、体だけを生き長らえさせた。



 人として尊重されることなく、ただ神脈を維持するためだけに生かされる。


 そんな家畜以下の扱いを受け、最後には衰弱死させてしまった。



 現存する神妃が死ねば、自然と新しい神妃が生まれるはずだ。


 いや、そんなものなどいなくとも、そもそも世界に何の不利益もないはずだ。



 人は奢り高ぶり、神妃を否定することで、神を自ら遠ざけた。




 そして――天罰が下された。



 神妃不在、その時代の到来。


 それこそが〈暗黒の五百年〉のはじまりだった。



 続く干ばつに土地は痩せ、争いが巻き起こる。


 そうかと思えば、突然の豪雨に人も町も流され、多くの命が奪われた。



 山地は崩れ、海は高波を陸へと差し向け、暗雲に遮られた空からは太陽の光など一筋も届かない。


 そうこうしているうちに、獰猛な病が体力も気力をも失った人々を襲い、最後の打撃を加えた。



 世界から、実に半分の命が淘汰されていったのだ。



「神殿の祭壇に描かれているだろう。痩せ衰え、物乞いのようになり果てた人間たちが、死者の間で地に伏し必死に祈りを捧げる、〈懺悔ざんげの壁画〉だ」



 神妃という存在を、切実に願う心。


 人が聖女に下した、過去の行いを悔やむ涙。


 それらに神が心を向けるのに、五百年を要した。



 そうして、ある村で額に蔦の聖痕を持つ赤子が見つかった時。


 世界は歓喜に包まれた。



 荒れ狂っていた自然は落ち着きを取り戻し、空を覆った分厚い雲も晴れ渡り、人の生活に光を与えた。


 そうして痛い目を見た人類は、彼女の存在の大きさを身をもって知ったのだ。



 もう二度と、同じ過ちは起こすまいと。


 神妃を何よりも崇め続ける未来を誓った。



「そんなことが……」



 フィルメラルナには、もちろんそんな知識などなかった。


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