第117話 神脈を感じる

「わたくしだって、あなたとユリウスを会わせて差し上げたいと思っていたのよ」



 本当よ、と肩をゆらして、ミランダが悪女のように笑う。



「でも無理だったの。だからといって、世界の平和を守ってくださる聖女様の願いを、無下にするわけにもいかないでしょう? たとえ、つい先日神妃となったばかりの、成り上がりのあなたの願いだったとしても」



 卑下した眼差しを隠そうともせず。


 コクンと静かな嚥下の音をたてて、ミランダが紅茶を一口呑み下した。



「だから、こうして代わりに、わたくしが受けて差し上げたのよ」



 あなたも飲んだら?


 喉が渇いているでしょう?


 と、ミランダは、フィルメラルナの緊張などお見通しというように促す。



「心配しなくても、毒なんて入ってなくてよ? だってあなたに何かあったら、あの嫌な神殿騎士卿と歴史棟の魔術師が黙っていないわ」



 ミランダは彼ら二人を、至極苦手な男たちだとばかりに肩を竦める。


 神妃が失われ、世界が危機に陥ることより、エルヴィンとヘンデルの存在の方が、彼女にとっては邪魔のようだ。



「まぁ、無理に飲まなくても結構だけれど」


「……いただくわ」



 そう素直に従う気になったのは、ミランダが纏う気に害意が感じられなかったからだ。


 いや、それどころの話ではない。



 神脈がそれを促すように、ミランダの周りに流れているのが見えたから。


 うっすらとだが、彼女の周りに金色の帯が揺らめいている。



(こんなこと)



 初めてだ。



 神殿での儀式以外で、神脈を感じるなど。


 いや、祈りを捧げてもいない今、彼女の周りにそれを感じるなど。



 緊張しながらも、趣味の良いカップを持ち上げ口をつけてみる。


 薔薇の香りにふわりと包まれ、心身が解される気がした。



「ユリウス殿下は、どちらに?」



 勇気を出して問うてみれば、ミランダはニヤリと赤い唇を持ち上げた。


 やっと話ができると嬉しそうだ。



「覚えているかしら? かなり前になるのだけれど、わたくしとユリウスで、あなたの部屋へ突然伺ったじゃない?」


「ええ、そんなこともあったわね」



 それは短い時間だったけれど。


 父親との対面のあと引きこもっていた自分の元へ、いきなり現れた王子と王女。


 そして、そのやんごとなき立場の二人を、見事に追い返したエルヴィンを思い出す。


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