第116話 待っていたのは

 赤褐色の壁に囲まれた、小さな部屋。


 まるで密談でも行うためのような空間に、ひとりの人物が待っていた。



 座り心地の良さそうなディヴァンに、深々と背を預けているその人物は――。



「あら、そんなに驚いた顔をしなくてもいいんじゃなくて?」



 ユリウス王子――ではなく、ミランダ王女の方だった。



 想定外の展開に混乱したフィルメラルナは、ユリウスの姿を探して視線を彷徨わせる。


 そんな彼女をよそに、ミランダが高い声で笑う。



「分かってるのよ? あなたがユリウスに面会を請うたなんてことくらい」



 手配したのはエルヴィンとヘンデルだが、ユリウス王子への謁見を望んだ者が、実はフィルメラルナであると彼女は察しているようだった。



 そうと理解した上で、ここにいるのがユリウス王子ではなく、ミランダ王女だということなのだ。


 彼女の言い方は、ユリウス王子も承知の上だと取れる。



「ふふふ。混乱してるわよね?」


「どういうこと?」



 からかわれている気がして、フィルメラルナの言葉にけんがこもってしまう。



「まあ、怖い顔。でも、ちょっと事情があるのよ。確かにユリウスの断りなく、神殿からもたらされた神妃様との面会を承諾したのは、わたくしの独断なのだけど……」



 そんなところで突っ立っていないであなたも座ったら、とミランダは、フィルメラルナを向いのディヴァンに誘った。


 全身を黒の衣装で包み、肩から無造作に垂らされた長い鳶色の髪は、見事な艶を誇っていた。



 彼女が両手を軽やかに叩くと、部屋のカーテンが開かれ、宮女が茶と菓子の乗ったワゴンを押して現れる。


 華美な茶器に黄金の液体を注ぐと、柔らかな湯気とともに部屋が清涼な香りに満たされた。


 それらをテキパキとテーブルへ配置して、表情ひとつ変えずに、宮女はそそくさと下がって行った。



「ほら、そんなに緊張されたら、わたくしだって話が続け難いわ」



 困ったように言われ。


 やっとのことで頭が回り出したフィルメラルナは、おずおずとディヴァンヘと腰掛けた。



 なめらかな天鵞絨の生地が、自分の体重をしなやかに受けとめるのを感じ、否が応でも自分の精神が驚くほど張り詰めていたのを感じた。


 手のひらには嫌な汗、笑顔を繕う所作さえままならない。


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