第95話 神妃解放党(エルヴィン)

「そうか……」



 もしかしたら、神妃は世界一孤独な存在であって。


 だからこそ歴代の神妃も、精神を病んでしまう者が多かったのかもしれない。



 早すぎる段階で両親から引き離され、上辺だけの愛情の中、自分の意思は何一つ尊重されず、神脈や民のための祈りを強制される。


 一生涯、神殿という籠の中で過ごし、老いて死んでいく。



 そんな人生を嘆いたとて、少しもおかしくはない。


 聖女の印さえなければ、と運命を呪うことだって。


 いや、それでこそ人間らしいくらいだ。



 そんな聖女に引き換え、神殿騎士卿などは遥かに自由だ。


 神妃を妻として寄り添い、神脈を正すという役割があろうとも、望めば外に愛人を作ることも許される。


 神殿と外界との出入りも自由であるし、国外への旅行だとて望みのままだ。



 けれど神妃は――あくまでも神の使い人。


 神殿騎士卿は人としての範疇に留まるが、彼女は……彼女たちは神格化された存在として生涯己を殺して生きる。



 辛辣な人生の中、心身を健全に保つことは難しかろう。



「俺もな、エルヴィン。イルマルガリータが神妃だった頃は、それこそ砂一粒ほども考えたことなんぞなかったんだが。あの嬢ちゃんが来てからというもの、ちょっとばかし理解できる気持ちになったぜ。《奴ら》の主張も確かになって」


「……危険な思想だな」



 グレイセスを諌めがらも、エルヴィンも自分の瞳が綻ぶのを感じていた。



 神妃解放党――。



 この世に生まれ落ちた瞬間から、王宮と神殿の所有物となり、儀式に追われ生涯を終える彼女たちを憂う者たちが立ち上げた集団だ。



 背後には、この国が神妃を独占していると不満を主張する、各国の思惑が渦巻いているのは明白だが。


 そうでなくとも民衆の心のどこかに、神妃を崇め奉りながらも、彼女たちの生涯を不憫に思う気持ちが根付いているのは否めない。


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