第96話 失踪した妹(エルヴィン)
「エルヴィン、おまえも最近少しは物分りが良くなってきたんじゃないか。お堅い神殿騎士卿の心の変化に、俺は大賛成だ」
「うるさい。しかし――何か解決方法があるはずだ。少なくとも今の神妃ならば」
これまでの狂った行いばかりをする女ならば、外へ出すのは危険だった。
うっかり外界へ出して、神に愛された存在として君臨する人間が、極悪非道な悪女だと民衆に知られるわけにはいかなかった。
そんな女を王宮や神殿が手厚く保護し、彼女が振るう毒牙にかかって死んだ者が数多くいたという事実など、とても明るみにできるわけはない。
その上、これまでの歴史には、守護という名目で神妃を実質監禁してきたという事実もあるのだ。
内外問わず、情報が流出してしまっては、神王国として都合が悪い。
特に全てを記録している歴史棟の目録士長ヘンデル・メンデルなど、死んでも公表を許しはしないだろう。
何代にも亘って、民を欺いてきた血族なのだから。
しかし、今。
これまでとは異なる、善良な神妃が現れたとしたら。
彼女が心清らかで慈悲深く、世界と民衆の平和を願う、本物の聖女だとしたら。
この歪んだ規律を、少しずつ緩めていくのも可能なのではなかろうか。
「とにかく、俺はあの嬢ちゃんが気の毒でならない。おまえが相手だとしたらなおさら心配だぞ」
「そう……だな」
なんだその言い草は、と思いながらも同意する。
イルマルガリータの愚行を、おそらく誰より身近に感じてきた騎士は自分だ。
そして、そんな彼女を心から嫌悪し、至極事務的に扱ってきた。
彼女が亡くなり新しい神妃が現れたとて、急激にその呪いのような悪癖を否定するなどできない己がいるのだ。
聖女は人ではなく、魔物だ。
フィルメラルナにも、その前提で接してしまっている自覚があった。
それを見直そうにも、エルヴィンには余裕がない。
今の自分は、神殿騎士卿という立場すらも危うい、そう感じている要素があるからだ。
「何はともあれ、事実を確かめないとなぁ」
「ああ、私もこのままでは、どうにも身動きが取れない」
「本当にご苦労なことだぜ。まさかなぁ、そのミルという女が、神殿騎士卿エルヴィン・サンテスの失踪した妹だったとしたら」
どうしたもんかな、そう漏らしながら、大きな腕でグレイセスは豪快に頭を掻いた。
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