第94話 被害者(エルヴィン)

「なるほどな、それで嬢ちゃんも、そいつの被害者というわけか」



 彼女が身を挺して実行したハプスギェル塔の解放は、元来偏屈な性格の団長グレイセスの心を、思ったよりぐっと掴んでいるようだった。



 極めて珍しい傾向だ。


 実際は話したことも近くに仕えたこともないというのに、フィルメラルナという新しい神妃に好意を持っている。



 今、誰よりも彼女を支持しているのは、この男かもしれない。



「そこが正直、よく分からない」


「まぁな、誰かに仕組まれた計画だったとしても、あの嬢ちゃんの額に聖痕が現れる、なーんて神業ができるわけないんだ。しかもあの娘は赤ん坊なんかじゃない。嫁入りしてもおかしくない年齢で、ある日いきなり自分の顔に蔦の印が出てきたなんてなぁ。そりゃ驚いただろうし、はっきり言って可哀想だ」



 自分の顔じゃなくなったようなもんだからな、とグレイセスは眉を寄せて同情を深めた。



「生後間もなくの頃から、この神殿で育てられたイルマルガリータとは違うんだ。そりゃぁ、単なる町娘が、いきなり神妃なんて地位を得たんだったら、鼻高々になるってのが普通なんだろうが……あの子はそうじゃないんだろ?」


「ああ……一刻も早く、通常の生活に戻りたいと願っておられた。それに」



 そう、本当にひどい話だ。


 ずっと共に過ごしてきたはずの自らの父親に、娘ではないと突き放されたのだから。



 よく耐えているものだと、感心せずにはいられない。


 自分ならば、この不条理な状況を突きつけられて、平常心ではいられないだろう。



 世界にただ一人となってしまった。


 そんな孤独感を抱き、精神を患ってしまったとしても不思議ではない……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る