第80話 泣いていた女性

 犯人は、確固とした意思を持って行動している。


 けれど、そこにどんな意図があり、何を伝えたいのか皆目わからない。



 殺された人物は、唯一無二である世界の宝。


 神妃を殺した者は間違いなく重罪犯であり、その罪に国境はない。


 時効もない。


 もし捕まったのならば、その身柄は必ず厳しい拷問の上、処刑される運命にある。



「あなたは唯一人、失踪後のイルマルガリータ様と接触されたお方です。何かお心当たりなどないでしょうか」



 そう問われても、フィルメラルナはすぐに反応できなかった。



「私は……メルハム教会へも行ってみました。ゼノという名の神父様ともお会いしましたが、何の情報も得られませんでした。イルマルガリータ様があの教会にいらしたというお話も、初めて聞いたと。それどころか――」



 あなたの記憶もない、とエルヴィンは言いにくそうに声を落とした。



「わ、わたしには……もう何も分からない」



 深い溜息と共に項垂れた。


 焦りとか怒りとか、そんなものすらも心には浮かばない。



「しかし、あなただけが彼女と――」


「イルマルガリータ様と本当に会ったのか……もう自分の記憶が信じられないの」



 ただ諦めしか、残ってはいない。



「失礼いたしました。そのようにあなたを追い詰めるつもりはなかったのです」



 どうかお許しを。


 エルヴィンは胸に手を当て、深く頭を下げた。



 と、そのとき。



「……ミル。彼女は確か、そう呼んでいたわ」



 あの日、イルマルガリータの側で泣いていた女性がいた。


 黒い外套のせいで顔は見えなかったが、確かそんな名前、もしくは愛称を聞いた。



「ミル……ですか」


「あぁ、でもこの記憶だって信じられない」



 居た堪れず、フィルメラルナは両手で顔を覆った。



「いいえ……確かに、そのような名の者がおりました」



 何か心当たりがあるようで。


 エルヴィンは端正な眉間に、難しげな皺を寄せていた。


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