第79話 記憶の改竄

 流石に、フィルメラルナも絶句した。


 誰も自分を覚えていないなど。



 それも、町全体が結託して?


 何の冗談なのだ。



「この事実と、あなたが今抱かれている混乱は、関係しているのでしょうか?」



 関係していると思う。


 たどたどしくも、小さく頷いた。



「ごめんなさい。よく分からない……ただ、記憶が……」



 どんどん薄れていっている。



「記憶……ですか?」


「なぜか、昔の記憶が現実ではなく、どこかで聞いたような……そう、まるで本で読んだ物語のようにしか思えないの。父さんのことだって、お店のことだって……」



 過去の思い出が、他人事のように思えてしまうのだ。



「……人の記憶を改竄かいざんする……そういった魔術もあるとは聞きますが」



 非現実的だ、とエルヴィンも緩く頭を振って否定した。



「わたしにはもう、帰る場所もない……」



 どこにも。


 誰のもとへも。


 自分は天涯孤独なのだ。



「神妃とは、孤独な存在なのでしょう。イルマルガリータ様もそうだったのだと思います。もっとも、彼女は幼少時にこの神殿に引き取られていますので、あなたのように故郷の過去をお持ちではなかったはずですが」



 イルマルガリータの故郷……。


 なんだろう、頭の奥で何かが弾けた気がした。


 一瞬だけだったので、フィルメラルナはその閃光のような感覚を頭から追い出した。



 彼女も耐え難い孤独の中で、苦悶していたのだろうか。


 そうして、残虐な行為で鬱憤を晴らし、最後には失踪してしまった?



「イルマルガリータ様は、本当に亡くなってしまったの?」



 エルヴィンは銀色の眉を顰めた。



「私も……信じられませんでした。ですが、歴史棟で目撃したものは、間違いなく彼女の頭部でした」


「そんな――いったい誰が」



 彼女を殺して、そして首を送りつけてきたのか。


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