第74話 王族と神殿の対立(エルヴィン)
「心配ない。私が追い返した」
「そりゃ良かった。父親の件で伏してる状態で、あのバカ王子と王女の相手なんてなぁ、あの嬢ちゃんが惨すぎる」
王宮と神殿の対立。
その歴史は長い。
イルマルガリータが幼少の頃から、ずっとあの二人は時々神殿に現れては、神妃に対して騒ぎを起こしてきた。
実際、権力者にとって、この構図は遺憾なのだろう。
神に選ばれし神妃と、国を治める王族。
暗黒の五百年に怯える国際社会では、神妃の存在の方が尊いとされている。
王族にとっては、さぞかし煙たく煩わしい存在なのだろう。
けれど、国が安泰であるためには、神妃を排除するわけにもいかない。
その女性が、どんなに醜く残酷な振る舞いをする、悪魔だったとしても。
「ところでグレイセス。おまえの方はどうなんだ」
そうエルヴィンが問えば。
雨に濡れた短い髪を、グレイセスはうんざりと搔き上げた。
「こっちは、まぁ一段落だ。アルスランは留置所から解放されて、従騎士に戻ってる。婚約者との関係は微妙なようだがな」
大貴族デュラー家の嫡男は、三日間の拘置後、無事に職務に復帰したらしい。
勝手に神妃の部屋へ訪れて、代理とはいえ聖女を連れ出した罪の処罰としては、異例の優遇だ。
「で、エルヴィン。今からどこへ?」
「歴史棟だ。ヘンデル・メンデルどの、直々のお呼び出しだ」
「けっ、胡散臭いな」
「ああ、嫌な予感がする」
グレイセスの失言にも、エルヴィンは敢えて同意した。
おとなしすぎるのだ。
あの日、フィルメラルナと父親の面会に付き添う予定だった日以来、ヘンデルの動きがこれまでと違う。
まるで何か大きな変革の機でも見越し、息を潜めているかのようだ。
嵐の前の静けさとでも言うのか。
世界の史実を管理する特殊な場所、
そこに詰める人間も、まるで黒魔術師のように陰湿で得体が知れない。
代々、歴史を管理する永続的名称「ヘンデル・メンデル」という存在も、人智を超えた忌まわしさを感じさせるものだ。
「幸運を祈ってるぜ」
哀れむようなグレイセスの一言を後にして。
エルヴィンは、雨音の中へと消えていった。
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