第66話 父グザビエの否定

 目録士長ヘンデル・メンデルもやってきた。


 本来ならば、彼にこそ説明を求めるべきだった。



 あの悲惨な牢獄に、なぜ父親が閉じ込められているのか。


 そして、どんな罪状が課されているのか。



 けれど。


 頭の芯が麻痺してしまった今のフィルメラルナには、真実を追求する精神的余裕はなかった。



「あの日、君をひとり牢へ行かせたことは申し訳ないと思っているがね。まぁ、取り調べがなかなか終わらない理由が分かっただろう。グザビエ・ブラン、彼は君の父親であることを否定しているんだ。そして……あろうことか、神妃イルマルガリータ殺害を自白している」



 だから、極悪人や間諜を収容する牢へと入れられ、ひどい拷問を受けていたのだと。


 ヘンデルがフィルメラルナの後見人に立つ必要があったのも、グザビエが父親であることを否定していたからなのだとも。



 そう聞いても、フィルメラルナには驚きすら湧かなかった。


 あんな場所で拷問など受けたならば、誰だって虚偽の自白をするだろう。



「だがね、皮肉なことにあの日。グザビエ・ブランは神妃失踪事件との関係は薄いと分かったんだ。まぁ、無関係とは言い切れないがね」



 それはそうだろう。


 一介の薬草屋ごときに、何ができるというのか。



 そう思ったが、フィルメラルナの気持ちは一向に動かなかった。



「神脈はまだしばらくは保ちそうだから……もう少しの間休むといい。詳細は、君の気持ちが落ち着いてから話すことにしよう」



 相変わらず「やれやれこんな事態は初めてだ」と口にしながら出て行った。



 人の感情に疎い目録士も、さすがに今のフィルメラルナには、これ以上何かを言うことも、強制することもできなかったのだろう。


 それだけ自分は酷い状態なのだ。



 神殿騎士卿エルヴィンは、あの日から一度も姿を見せてはいない。


 父親との面会が終わった頃に部屋へ訪れると言ったはずなのに、音沙汰なしだ。



 裏切られた気分というより、今はなぜか彼の冷徹さが救いと感じていた。


 優しい言葉も、温かい眼差しも、欲しくはない。



 だけれども、祭壇で「予想している面会とはならない」と布石を打ってくれたことには感謝している。


 そうでなければ、心はもっと粉々になっていたかもしれない。


 ささやかではあるけれど、信頼できるのは彼だけに思われた。



 窓を打つ雨は、さらに勢いを増し。


 フィルメラルナの耳から、全ての音を遠ざけていった。


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