第七章 崩壊の音

第58話 不吉な忠告

 目録士長ヘンデル・メンデルが部屋に現れたのは、それから暫く経った頃だった。


「蒼玉月」の間行われなかった〈祈祷の儀〉へ出たら、いよいよ父親との面会を許可するとの内容を告げた。



 その職業故か。


 月からの影響もなく冷静なフィルメラルナの状態を見ても、ほんの一瞬驚いた目を向けただけで、淡々とそう段取りを説明した。



 本当はいろいろと彼に尋ねたいことがあったが。


 フィルメラルナは、今回はそれらをすべて飲み込んだ。



 蒼玉月と神妃との関係。


 目録士である彼には、歴代の神妃の記録がある。



 きっと様々な内容の知見があるはずだが、彼は何ひとつ注意を促さなかった。


 それを問うてみたい気がしたけれど、今は早く父親に会わなければという気持ちの方が強かった。




 祭壇に上ると、弱くなった神脈が肌に沁みた。


 神妃と騎士卿の祈りを待っているようで、二人が現れた祭壇はみるみる明るさを増していった。



 反対側から進んでくる精悍な神殿騎士卿エルヴィン・サンテスも、いつもより注意してフィルメラルナの様子を伺っているようだった。


 蒼玉月の影響を、彼も訝っているのだろう。



 そして、どうやら何の影響も受けてなさそうだと納得したのか。


 祭壇に跪き、並んで祈りを捧げているフィルメラルナの耳にそっと囁いた。



「このあと、お父上にお会いなされるそうですね」



 こくんと、フィルメラルナは瞳を閉じたまま頷く。



「ひとつだけ……よろしいでしょうか」



 そう断ったあと、何かを思慮するようにエルヴィンはしばらくの間沈黙した。



「……気をつけてください。あなたの予想している面会には、ならない可能性があります」



 驚いてエルヴィンの方を向く。


 彼は静かに祈りの続きを促した。



「……どういうこと?」



 両目を再び閉じ祈りの姿勢に戻ると、フィルメラルナは小声で訊ねた。



「それは――いえ。お父上との面会が終わった頃、あなたの部屋に伺います」



 見事な銀髪の下へと、エルヴィンの表情は隠れてしまった。


 それっきり彼が何も言わないままに、儀式は終わっていった。



 いったい何だろう。


 彼の言葉の意味は、皆目わからない。



 ただ、何かフィルメラルナの身を案じてくれるような、そんな気遣いだけは感じられた。



 祈りを捧げられた神脈は、今日も神々しいまでに煌めいて。


 眩し過ぎると感じるくらいで――。



 そのせいだろうか。


 このあと自らを襲う衝撃を。


 フィルメラルナは、微塵も予想できなかった。


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