第57話 ブラン家に伝わる秘薬

「うーん。確かに蒼玉月の時期は、少し倦怠感が酷くなる気がするけど。でも、わたしは薬を持っていて、昨夜も飲んだわ」


「んなななな、なんとぉ! そんなお薬をお持ちとは!」



 相当意外だったのか。


 ジェシカは興奮して、顔を真っ赤にしていた。



「薬は父さんが――」



 そこまで口にして、ハッとした。


 なぜ父親は、この薬をフィルメラルナの常備薬としてくれていたのか。



 いや、ブラン家に伝わる秘薬という話すら、なぜだろう。


 急に疑わしく感じられてきた。



「すぇぇせせせ、僭越ながら、ぅぉお父上は研究者であられたのでしょうか?」


「研究? まさか、うちは単なる町の小さな薬草屋よ」



 薬草屋。


 その単語にも、急激に不穏なものが感じられてきた。



 何かがおかしい。


 符号というか。


 相互の関連を紐付けるものの存在が、どこかにある。



 父さんに会わなければ。



 強くそう思った時、扉がコツコツと叩かれた。


 朝食を持ってきたと告げる侍女の声。


 そろそろジェシカを解放せねば、仲間の侍女たちも心配するだろう。



「ありがとう、ジェシカ。また相談に乗ってくれると嬉しい。その……迷惑かもしれないけど――」



 申し訳ない気持ちを抱きつつも、思い切ってジェシカにそう伝えてみた。


 これまでひとりぼっちで振り回されていた時間が長くなり、とても心細いのだ。



「ふゎぁ、はい! あの、わたくしは新米で、田舎者で、鈍臭いですけど……それでもよろしければ……」



 あまりにも短い間の会話だったけれど。


 フィルメラルナが抱える孤独を、感受性の強いジェシカは気遣ってくれたようだ。



 だからとても嬉しくて。



「ありがとう――」



 目に涙を浮かべたフィルメラルナは、深々とジェシカに頭を下げていた。



「ゃやややや、やめてください。わたくしなどに、そんな勿体無いです!」



 慌てるジェシカ。


 あわあわと困り果てている。



 それでもフィルメラルナの感謝の心は絶えなくて。


 笑いながらも頭を下げ続けていた。


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