第56話 取り憑かれたように

「ぅゎわわわ、わたくしはまだ新米ですので、すぇぇせせせ先輩たちに聞いたことしかお答えできませんが……」



 頑なに断るジェシカをなんとかディヴァンに座らせて、フィルメラルナはこの状況の原因について尋ねてみた。


 恐らくは「蒼玉月」の頃になると、イルマルガリータが何か問題を起こしていたのではないかと予想している、と先に呼び水を巻いてから話を振ったため、ジェシカはその誘いに乗ってくれたのだ。



 でなければ、自分から神妃の話を始めるはずはない。


 それはきっと禁忌なのだから。



「それで構わない。彼女は……イルマルガリータ様は、この時期いつもどうなされていたの?」


「えぇと、そのぉ。ゎわわわ、わたくしが直接お姿を拝見したわけではないのですが。ままま、まるで何かに取り憑かれたように扉を叩き、なんというか酷い言葉で泣き叫ばれ……」



 何事かとうっかり扉を開けた侍女などは、イルマルガリータに短剣で刺されたり、武器となるものが部屋にない場合は、燭台の鋭いローソク立て部分を喉に突き立てられたり、実際のところ何名もの死者を出してきたのだという。


 想像していた以上の事態が起こっていたという過去に、フィルメラルナはぞっとした。



「だから騎士まで――」



 蒼玉月の期間は、神殿の者に危害が及ばぬよう、侍女たちと一緒に騎士団の一部が、部屋の前で警備するのが慣例となっているのだとか。


 神妃イルマルガリータの手による被害者を、少しでも減らすために。


 剣ではなく、無骨な盾を用意して。



「で、でも……フィ、フィルメラルナ様は違うのですね」



 憧憬のような眼差しで、ジェシカがフィルメラルナを見た。



 よくよく聞けば、「蒼玉月」は神妃の精神を激しく狂わせる現象らしく。


 イルマルガリータだけではなく、代々神妃はこの青い月に心を乱されてきたのだと、侍女たちは各自情報を口伝えで受け継いでいるようだった。



 そして、その毒牙にかからぬよう、神妃を部屋へと閉じ込めておくのだとも。


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