第55話 和らいだ空気

「ぅぉぁああああ、あの……フィルメラルナ様。ご気分はぃぃい、いかがでしょうか?」



 盛大にどもりながら、ジェシカが逆に聞いてきた。


 ひっ、とまたしても張り詰めた緊張の糸が、その場に張られた。



 神妃の問いに質問で返すなど、空恐ろしいとでも言うように。


 非難と憐憫の入り混ざった視線を、全員がジェシカへと注いでいる。



「ありがとう。昨夜は正直少し体が怠かったんだけど、今朝は良い気分。でも、ちょっとお腹が空いたみたい……」



 ぐぅぅぅ。


 手で抑えた腹部から、異様に長く大きな音が鳴った。



 恥ずかしさに真っ赤になったフィルメラルナを視認して……。


 一拍後、どっとその場の雰囲気が明るくなった。



 ホッと安堵の息をつく侍女と騎士たち。


 顔を見合わせて、みるみる表情を和らげた。



「い、今すぐ朝食をお持ちいたします!」



 朝食担当の侍女がそう申し出て、そそくさと何名かを連れて去っていく。



「あ、ごめんなさい。着替えは自分で済ませてしまったの」



 そうフィルメラルナが済まなそうに肩をすくめると、着替え担当の侍女たちが揃って首を横に振り、「また明日参ります」と下がっていった。


 それらを皮切りに、騎士や下男なども一礼を残して去っていく。



「ちょっと待って、ジェシカ」



 同様に下がろうとしているジェシカを、フィルメラルナは呼びとめた。


 同僚だろうか。


 他の侍女たちは一瞬息を止めて、心配そうにジェシカを見やる。


 ジェシカの方も眉をひくつかせ、やはりその目に畏怖を纏っていた。



 ここまできたら、流石に鈍感なフィルメラルナも何らかの事情を察した。


 鍵となるのは「蒼玉月」に違いない。



 そして、この蒼玉月が夜空に輝く期間、フィルメラルナ以外のこれまでの神妃には、何らかの変化があったのだろう。


 少なくともイルマルガリータには、侍女や下男、そして騎士までもを配備せねばならない状況が、過去にあったのだと思われた。



 ジェシカの仲間たちには、少しだけ彼女と話をしたいだけなので心配しないよう言い含め、ジェシカを部屋へと誘った。


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