第54話 蒼玉月が終わり

 窓の外で、太陽の気配がした。


 閉じた瞼を通して、光が眼孔へと届き、爽やかな朝の訪れを感じさせる。



 昨夜は蒼玉月の毒に当てられたのか、泥に沈むように眠ってしまった。


 けれど、アベッツを一錠飲んで寝たおかげか、気分はすっかり回復していた。



 蒼玉月が終わったならば、父さんに会える。


 その記憶が、まず一番最初に思い出された。



 そそくさと自ら顔を洗い、衣服を改めたフィルメラルナは、思い立ったように窓を開け放った。


 バルコニーで囀っていた小鳥が驚いて、朝日に向かって飛び立っていく。



 と、背後の扉、その向こう。


 部屋の外の廊下で、騒めく人間の気配を感じた。


 物々しい、何か恐ろしいものに相対するタイミングを推し量るような、緊張した気配だ。



 そろそろ部屋に誰かが入ってくる時間のはず……と思ったが一向に扉は開かれない。


 よく考えるとおかしい。


 それこそこの時間ならば、着替え担当の侍女がやってきたり、朝食が用意されるはずなのに。



 扉の外には多くの人の気配が存在するのに、全員が息を潜めている。


 そんな異様な雰囲気が感じられて、フィルメラルナは首を傾げた。




「あの……」



 勇気を出して、遠慮がちに扉から頭を出してみた。


 人ごみの中には、侍女や下男だけでなく、なぜか騎士の姿も見受けられた。


 帯剣してはいないが、無骨な盾を持っていて、何かを牽制する様子だ。



 それらの目が一斉に見開かれ。


 不自然に扉から覗いている、フィルメラルナの顔に注がれている。


 まるでそのまま凍結してしまったかのように、皆一様に表情を強張らせていた。



 本当にいつもいつも、何を恐れているのだろうか。


 真空のような無機質で、ただただ恐怖一色の時間が流れていった。



 その中で。



「……フィィィフィフィ、フィルメラルナ様」



 ただひとつ、勇気を纏った声がか細く響いた。



 おずおずと、人の波をかき分けて出てきたのは侍女のひとり。


 顔面蒼白で両手を揉み絞った彼女は、可哀想なほど身を震えさせていた。



「あなたは、確か――ジェシカ?」



 その瞬間。


 ジェシカを中心に、集った面々から緊張がほんの少し解れた。



「みんなで集まって、何をしているの?」



 きょとんと他意なくフィルメラルナが問うた。


 他の侍女がジェシカの脇を小さく突き、答えるよう促す。


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