第53話 月の毒に当てられて

(なんだろう。少し……)



 ぐらりと急に、視界が回るような眩暈めまいに襲われた。



 体が怠い。


 何も解決しないまま過ごす日々の心労と、慣れない儀式をぎこちなくこなしてきた疲労のせいだろうか。



 目の奥が、ぐるぐると回るようで気持ちが悪い。


 気を抜けば嘔吐してしまいそう。



 堪らないと弱音を吐いたフィルメラルナは、箪笥から小瓶を取り出し、薬を一錠口へと放り込んだ。


 あの日、リアゾ神殿に連れてこられた際、身の回りの必要品として荷物に入っていたものだ。



 アベッツという名の常備薬。


 卒倒してしまった自分に代わり、剣を突きつけられながらも、準備をしてくれたであろう父親の姿を思うと胸が苦しくなる。



 少しの水を口に含んで錠剤を嚥下すると、寝台へ近づきゆっくりと横になった。


 窓から見える月が眩しい。


 燦々と射し込む青い光は、まるで自分に向けて発されているようだ。



 薬が効いてきたせいか、心地よい眠りがフィルメラルナの意識を奪っていく。



 あぁ。


 今夜で蒼玉月は終わるだろう。



 明日、目覚めたら。


 少しは自由に、部屋を出られるのだろうか。



 そうしたら……父親に会えるのだろうか。


 それから彼にも……アルスランにも、やっぱり会いに行きたい。


 あの目録士、ヘンデル・メンデルにも、今度こそ疑問の一つも解決してもらおう。



 エルヴィン、彼は神妃をどう思っているのだろうか。


 神殿騎士卿として過ごす人生を、どう見据えているのだろう。



 イルマルガリータは……何故失踪などしたのだろう。


 それから、それから……。



 うとうとと微睡むフィルメラルナの意識は、そのまま深い底へと落ちていった。


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