第43話 団長室で(エルヴィン)

 規則正しい靴音を立て、エルヴィンは冷たい廊下を歩いていた。



 真夜中の王宮、神殿には独特の闇がある。


 様々な歴史の中、多くの血が染み込んだ壁、天井、庭。


 それぞれが、異なる類の深い闇を抱えているようだ。



 こんな中、突然部屋に押しかけてきた見知らぬ一騎士と、たった一つのランタンの灯だけで出歩く神妃など、狂気の沙汰としか思えなかった。


 もっとも――。



 その狂気こそがまた、〈神に選ばれし妃〉である証のような気がしてしまうものなのだが。



 回廊の左手を見ると、くだんのハプスギェル塔が見えた。


 塔の周りは兵士で賑わっている。



 それもそうだ。


 たった今、神殿騎士団に塔内部の処理を命令してきたのだから。



 神妃の許可が下ったと伝えたが……皆、面に憤りを滲ませていた。


 なぜ、神妃はいつもこのような無慈悲な事態を引き起こすのかと。



 聖堂の脇を通り、司祭館へと続く回廊を歩く途中、ある一室の前で足を止めた。


 神王国の神殿騎士団団長室だ。



 無骨な扉を無造作にノックすると、そのまま返事も待たずに滑り込む。


 中にいた人物は、たった今部屋に戻ってきたばかりのようで、剣やら上着やらを体から脱ぎ置いているところだった。



「おお、エルヴィンか。そっちは一段落か?」



 現団長であるグレイセスが、目線だけをくれて声をかける。


 それへ、「ああ」と気だるい返事をして、エルヴィンはディヴァンに身を沈めた。



「なるほどな、あれが新しい神妃か。俄かに信じられんが、確かにあの蔦の聖印、本物だな」



 イルマルガリータの失踪も、新しく見つけられた神妃の存在も、今は極限られた人間にしか知らされてはいない。


 先ほどハプスギェル塔へ、フィルメラルナを捜索に行ったのも、現在塔内部の処理を行っているであろう兵たちも、このグレイセス直属の部下たちなのだ。



「そうだな。彼女は神脈の乱れも正された。疑いようもない。本物だ」


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