第28話 真夜中の訪問者
怒号のような声。
人が激しく言い合っていて、扉の向こうがやけに騒々しい。
一向に静まろうとしない喧騒に、眠い目を擦りながら、フィルメラルナは上体を起こした。
「イルマルガリータ様! どうか扉をお開けください!」
現神妃の名を叫ぶ声に、フィルメラルナの体がビクリと反応を示す。
そうだ。
イルマルガリータが行方不明である事実は、公にされたわけではない。
確か、代理神妃の存在を知る者は、この神殿の一部の侍女と高貴な人間だけだと――ヘンデルが言っていたのを思い出した。
フィルメラルナは、隠れる場所がないか探し出した。
ここで今、自分が勝手に表に出るのは間違っている。
殺風景な部屋には、隠れられるような場所は見当たらなかった。
たった一つ、目に付いた衣装扉を急いで開けてみる。
しかし、とてもフィルメラルナが身を潜ませる隙間などなさそうだ。
そう判断したとき。
ひらりと頭上から、一枚の紙が落ちてきた。
こんなときになんだろうと訝しみながらも、その紙を拾ってさっと目を走らせる。
『再生の塔、その役目を終えたし』
ぞくっと肩を震わせ、よろよろと近くのディヴァンに腰掛けたとき。
扉が勢いよく開かれた。
同時にぴたりと外の騒ぎが不自然に収まり、扉の前に集った者たちの喉がゴクリと一斉に嚥下した。
「お休みのところ、突然の訪問、失礼いたします」
凛とした声。
フィルメラルナは声の主を仰ぎ見た。
金の髪と碧眼の青年騎士だった。
後ろには、この騒ぎに駆けつけてきた衛兵と侍女が、青い顔で佇んでいる。
どうしたら良いのか戸惑いつつも、小さく「ヘンデル様かエルヴィン様をお呼びしろ」と、対処できそうな人間の名を口にしていた。
「私は、アルスラン・エメ・デュラーと申す者です。このようなお時間に神妃様のお部屋を訪れるなど、紳士にあるまじき愚行だと心得ております。ですが、どうかイルマルガリータ様、私の願いをお聞き入れください」
どのような処分も覚悟の上、とアルスランという青年は膝を折る。
彼の願いがどんなものか見当もつかないが、自分はイルマルガリータではない。
願いなど叶えられるとも思えなかった。
「ごめんなさい、わたしには無理」
申し訳ないと思いつつも、そう断った。
そのまま部屋の奥へ引き込もろうとしたフィルメラルナを、アルスランと名乗った騎士が止める。
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