第25話 威圧感に耐えられず
「お体の具合は、よろしいのでしょうか」
先ほど祭壇で会ったばっかりだというのに、儀礼的な挨拶のつもりなのだろうか。
彼は神殿騎士卿という高位の人間。
フィルメラルナの状態など逐一報告を受けていて、どうせ筒抜けに違いないのだ。
わざわざ体調を問うまでもなかろうに。
フィルメラルナが黙っているのを、勝手に肯定と解釈したのか。
エルヴィンはゆっくりと頷いた。
「〈祈祷の儀〉が無事に終わりなによりでした。あなたが神脈を正してくださらなければ、大変な事態になっていたかもしれません」
それか。
詰まるところ、それだけが心配だったわけだ。
間違っても、フィルメラルナの体調など気遣うつもりもない。
まして、勝手に連れてこられてしまった者の精神状態など、気にも留めていないのだろう。
一週間眠り続けた上、目を覚ました途端に儀式を強制されたのだ。
体の回復以上に、心内を察して欲しいものだ。
「おひとりですか、侍女はどうしたのです」
エルヴィンのこの台詞が、どこか叱責に近い語調に感じられて。
フィルメラルナはびくりと肩を震わせた。
彼の青い瞳には、率直な懸念が浮かんでいた。
仮にも神妃の代理を務めた者が、こんなところでフラフラと何をしているのだと。
「あ、あなたには関係ないでしょう。わたしは神妃じゃない。勝手に連れてこられただけ。今すぐにでも、い、家に帰るのだから」
小さな声だが言い切った。
本当は叫んでしまいたかったが、フィルメラルナは堪えてみせた。
得策でないと直感で思ったのだ。
この男を怒らせても、事態は良くならないと。
「突然のことで混乱されているのは分かります。が、神脈を正されたそのお力を、どう否定なさろうというのです? 神妃でなければ成し得ない儀式だったと、あなたもすでに理解されているはずなのでは?」
暗に、物分りの悪い女だと蔑まれた気がして腑に落ちない。
それに、そもそも神脈など自分の知ったことじゃない。
第一、誰も期待などしてなかったではないか。
少なくともあのヘンデル・メンデルは、そうはっきりと告げたのだ。
フィルメラルナはあの男とは相容れない。
けれども、まだこの男よりはマシだと思ってしまった。
神殿騎士卿エルヴィン・サンテスという人間が、忌まわしい。
「……父さんは?」
威圧感に耐えられず、この場から今すぐに走り去りたい気持ちを押さえて、どうにかたった一つの質問を紡ぎ出した。
もしも万一父親までもこの神殿に連れてこられてしまっているならば、自分一人が無事に解放されたとしても意味がない。
しかし、フィルメラルナが必死に絞り出した声にも、エルヴィンの返答は曖昧なだけだった。
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