第26話 ゆめゆめお忘れなきよう

「その件につきましては、厳粛な調査のあと、改めてご説明に伺う予定です」


「調査って……調査って何!?」



 じわりと、フィルメラルナの両手に汗が滲んだ。


 彼の言葉に、激しい苛立ちを覚えてしまったのだ。



「……詳細については、今は申し上げない方がよろしいかと。調査が終われば、あなたも直接お父上と言葉を交わす機会を得られるでしょう」



 エルヴィンの言葉は、図らずも父親がこのリアゾ神殿内に捕らえられている事実を示唆していた。


 フィルメラルナの視界が真っ暗になる。



 百歩譲ったとして。


 自分が今の状況に追い詰められたことは納得できないまでも、失踪した神妃の代わりとして、同じ聖印が現れた自分が連れてこられてしまった理由は辛うじて理解できる。



 しかし、なぜ父グザビエまでが捕らえられてしまったのか。



「あなたには……さぞかし私たちの行動が不条理に感じられることでしょう。何が起こったのか分からず、狼狽されている状況も承知しております。ですが、先ほど、乱れた神脈をその目でご覧になったのでしたら、世界が危うかった事実もご理解いただけたのではないでしょうか」



 たとえ、あなたがつい先日まで蔦の印など持たない、単なる町娘の一人であったとしても。


 そう彼は付け加えた。



 確かに……と、それはフィルメラルナも認めざるを得なかった。


 自分が祈りを捧げる前に祭壇で目にした金の帯は、とても頼りないものだった。



 どこがと問われても、理由など説明がつかない。


 ただ、もし万が一、神妃の祈りがあと数日遅れていたならば。



 弱まってしまった神脈の綻びが、世界にどんな影響を与えていたのか想像もつかない。


 これが神妃の使命なのだと、その重大さだけは理解できた。



「分かった、今しばらくわたしはこの場所に留まる。でも約束して。早く、できるだけ早く、わたしを父さんに会わせてくれると」



 ことはそれほど単純ではなさそうだと。


 ここへきて、やっとフィルメラルナの心が冷静に事態を捉えはじめていた。


 頑なだった自分を抑え、努めて父親との面会だけを希望した。



「努力はいたしましょう」



 そんな彼女の心の変化を敏感に察したのか。


 エルヴィンは比較的前向きな言葉を返してくれたようだ。



「それから、フィルメラルナ様。侍女には侍女の仕事があります。それを妨げるようなご命令はおやめください。万一、こういった間にも、代理とはいえ神妃であるあなたに何かあったとしたら、その責任は彼女たちにも及ぶのです。ゆめゆめお忘れなきよう。さあ、お部屋まで私がお送りいたします」


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