第三章 神殿騎士卿エルヴィン・サンテス
第20話 今すぐ帰ります
「び、びっくりした」
あんな風に、自分の目にも他人の目にも明らかな形で、神が造りし平和の帯が見えるとは思わなかった。
フィルメラルナは、どこか他人事のように感動してしまっていた。
「いやいやいやいや、驚いたのは私たちの方だよ。まさか本当に、君の祈りが神脈を正すとはね」
迎えにきてくれたヘンデルが、両肩を竦めてみせた。
期待などしてなかったが、とその態度が示している。
「ひどい、あなたが儀式に出ろと言うから」
「まぁまぁ、君は本当によくやってくれたよ。でもね、こんなことは私たちにとっても初めてなのだから仕方がないだろう? イルマルガリータが失踪して不整となってしまった神脈を、本当に君が正せるものなのかと心配しながら、皆固唾を飲んで見守っていたんだよ」
嫌な言い回しだった。
まるで、失敗を予想していたと言わんばかりで。
「わたしを試したの?」
「まぁ、そういうことになるかな。当然だろう? 君が本物の神妃かどうかなど、誰にも分からないのだから」
フィルメラルナには、返す言葉などなかった。
自分だってまさか儀式が成功するなどとは、露ほども思っていなかったのだから。
ぐっと唇を噛み締める。
とても理不尽だと思った。
勝手に人を攫ってきておいて、何が何なのか分からないまま儀式に出され、それを必死に終えたというのに「試した」などと平然と言う。
人を馬鹿にし過ぎだ。
カッとなりそうになったところで。
ふと、急激に不安な気持ちになった。
神脈が正された事実は、果たして自分にとって良い結果だったのだろうか?
そのせいで、まさか、このままずるずると、こんな生活が延々と続いてしまうのではなかろうか。
それに、父親は――。
「わたし……帰ります」
家に帰ろう。
そうだ。
さっきこの男も言ったではないか。
神妃は頂点に立つ者だと。
単なる偶然だったのだとは思うけれど、本当に神妃の力が発揮できたのならば、今は神妃としての権力を少しは翳してみても良いのでは。
「今すぐ帰ります!」
意志を込めて、決然と言ってみる。
真剣なフィルメラルナの様子に、今回ばかりはヘンデルも聞き流さず、顎に手を当て「うーん」と唸った。
「確かに、私は君が望めば国王すら処刑できると言ったけれどねぇ」
「さようなら!」
構ってはいられない。
返事も待たずつかつかと歩き出したフィルメラルナを、ヘンデルの気怠い声が引き止めた。
「神妃の力をもつ者を、この神殿から勝手に出すわけにはいかないのだよ」
「よくわからないわ!」
間髪入れず、フィルメラルナは叫んでいた。
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