第18話 黄金の滝

 神の妃――。



 神妃を失えば、この世の平和も失われる。


 そして、聖女が失われたときに、新たな聖女が現れなければ、再び悪夢の時代が訪れる。



 歴史の中に刻まれた、かの〈暗黒の五百年〉のように。



 だから、神妃は絶対的権力者、その頂点として扱われる。


 額にこの蔦の聖痕がある限り。



 ぞくっとフィルメラルナの背に悪寒が走った。




 リアゾ神殿は複合体であるようで、神妃を頂点に、神官や神殿騎士が生活する住居も内包している。


 フィルメラルナがいた部屋もその司祭館の中にあり、神脈があるという祭壇へは一度中庭へ出て、石造りの隧道を抜ける必要があった。



 そしてさらに王宮近くの内回廊をぐるりと周り、やっと辿り着いた場所には、荘厳な聖堂が佇んでいた。


 内部には幾つかの儀式用の小部屋があるようだが、今回は側廊をまっすぐに進んで、一番奥の袖廊へと向かう。



 列柱の影にひとり、中年の神官が立っていた。


 ヘンデルの姿を目にした彼は、待っていたとばかりに深々と頭を下げる。



「ご苦労、彼女をよろしく頼むよ」



 適当にね、とでもいうように、ヘンデルは軽く片手をあげた。



「こちらへどうぞ」



 小さな入口に辿り着いたところで。


 ヘンデルはその場に留まり、フィルメラルナひとりが中へと通された。



 神官が言うには、ここは直接祭壇へとつながる神聖な扉であり、限られた人間だけしか通過が許されない境目であるようだった。



 この聖堂自体が、王宮内に居住する一部の要人専用でもあるのだろうか。


 思ったより小さな祭壇が目に入る。



 促されるまま階段を上れば。


 ふと反対側に人の気配を感じて、正面へと視線を向けた。



 目が覚めるような銀の髪。


 真っ白な騎士服に身を包んだ男が、フィルメラルナの歩調に合わせて向こう側の階段を上がっていた。



 確か、エルヴィンという名の神殿騎士卿だったはず。


 自分を攫ったあの日とは違う純白の騎士服は、儀式用であるのだろうか。



 悔しいけれど、認めないわけにはいかない。


 とても洗練された意匠で、美しい彼に似合っていた。



 階段を上りきると。


 厳かな祭壇の後ろに、何かが流れているのが見えた。



(すごい……)



 それは、金色の筋。



 黄金の滝のようなものが、天井から祭壇へ向けて静かに注がれている。


 でも流れているのは水とは違って、空気のような、蒸気のようなものだった。


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