第16話 気が狂いそう

 単なる町の娘である自分には、この僅かな時間すら辛いと感じられる。



 耳が痛くなるほどの静寂の中、無機質で温かみのないこの部屋で。


 この世にたったひとり取り残されてしまったのではと不安になり、大きな声で叫びたくなる。



 わたしはここにいる。


 誰か助けて――と。




 気が狂いそうだ。



 そう思った頃。



 コツコツと扉がノックされ、給仕の侍女が入って来た。


 寝台近くの大きな机に、豪華だが一人分だけの食事が並べられていく。



 フィルメラルナとは決して目を合わせないよう、努力しているのがヒシヒシと伝わってくる。


 どうか話しかけないで、と彼女の横顔が叫んでいるようだった。



 やがてテキパキと作業を終えた侍女は、やはりそそくさと部屋を出て行ってしまった。


 ここまでくると、もしや自分とは口をきいてはならないという命令が下されているのではないかと疑ってしまうほど、彼女たちの態度は徹底していた。



「はぁ」



 溜息を落として、スープを口へと運ぶ。


 ヘンデルの話が本当ならば、一週間ぶりの食事となる。



 確かに空腹感もあるのだけれど。


 ひとりで食べる食事の、なんと味気ないことか。



 小さな薬草屋を営むフィルメラルナの家には、いつも様々な人間が集まっていた。


 近所の子供たちと食事をしたり、薬草を使った薬膳料理を教えてやったりと賑やかだった。



「こんなの……ぜんぜん美味しくない」



 食など進むはずもない。


 ヘンデルにはきちんと食事を摂っておくよう言われたが、喉を通らないのだから仕方がないだろう。



 少しだけ食べたあと食器を戻すと、ごろりと寝台へ横になった。


 ヘンデルが迎えにくるまで、自分は何をしていれば良いのだろうか。



 寝転がった状態で部屋を見回せば。


 先ほど目覚めた時と同じ、温かみのない家具が目に入るだけ。




(まずは――)



 とても気はすすまないが、〈祈祷の儀〉というものにとりあえず出てみようか。



 失敗したとしても、自分は神妃ではないのだから当然なのだし。


 それに、ここに閉じこもっていては、説明を求められる人間にも会えない気がする。



 これ以上、この寂しい部屋で鬱々しているのもしょうにあわない。


 父親の身についても、これからの自分についても心配だが、ここで喚いて暴れても、何かが解決するようには思えなかった。



 誰かが自分に危害を加える心配も、今のところはないようだ。


 それなら、一歩を踏み出してみるのも有益な行動ではなかろうか。



 何一つ納得がいかないまでも。


 フィルメラルナは一旦そう心を決めた。


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