第15話 静かな部屋

 ひとり残されたフィルメラルナは腕を組む。



 どうしたものか。



 結局、歴史棟の目録士だというヘンデル・メンデルには、父親のことも、これまでの成り行きも、行方不明だという神妃イルマルガリータの捜索についても、何一つ質問できなかった。



 かといって、先ほど目覚めたばかりのフィルメラルナには、この王宮だか神殿だかの構造も分からない。


 何より、エルヴィンなるあの青年に自力で会いに行って、問い質す勇気も起きなかった。



 あの夜。



 暗がりだったというのに、少しも揺るがなかった彼の強い視線が、はっきりと瞼に焼き付いている。



 純粋な怒りと憤りを、彼はその目に確かに携えていた。


 同時に、あれほど潔くて美しいと思う瞳も、他にはないと思った。




 フィルメラルナは、広い部屋をゆっくりと見渡した。


 洗練された家具や調度品、ふわふわの絨毯。



 どれも上等だが、自分の生活にはあり得ないもの。


 身の丈とはかけ離れた、とても無機質な空間に感じられた。



 それに。



(イルマルガリータ様は――)



 あの日、一瞬だけ顔をあわせただけの美しい女性。


 彼女の額にあった蔦の聖印は、紛れもなく神妃の証だと感じられた。



 彼女が、イルマルガリータという名の現神妃に違いない。


 フィルメラルナの年齢がエルヴィンと釣り合いが悪くないということは、彼女は自分より少し年上くらいの年齢なのだろうか。




(なんて静かなんだろう)



 ヘンデルが出ていってしまった部屋は、しんと静まり返っている。


 扉の向こうにも人の気配は感じられず、まるでこの部屋だけが世界から切り離されてしまったかのようだ。



 うら若き美貌の神妃イルマルガリータも、こうして一日の多くの時間を、ひとりきりで過ごしていたのだろうか。


 彼女の私室は、フィルメラルナがいるこことは違うのかもしれないけれど。


 とても孤独を感じる場所だ。



 神妃は大概が生まれて一年以内に神殿に迎えられ、大切に育てられるのだと聞く。


 生まれてからずっとこの神殿で、これといって何をするわけもない長い時間を、イルマルガリータはひとりきりで過ごしてきたのだろうか。



 それとも。



 もっと自由な時間があったのだろうか。


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