第11話 目覚めたら

 目を覚ましたフィルメラルナは、ゆっくりと数回瞬きをした。


 爽やかな空気が、頬に優しく揺れる。



 朝なのだろうか。


 視界に入ってきた白い囲いを、立派な天蓋だな……と他人事のように思ってからハッとした。


 ゆっくりと身を起こし、部屋の様子を眺めるてみる。



 簡素だが広くて清潔な部屋。


 設えられた調度品は、恐らく一級品なのだろう。


 細緻な模様が美しく描かれているものばかり。



 いったい、どのくらい眠っていたのだろう。


 一晩、いや数日なのだろうか。



 自分が眠っていたふわふわの寝具を見て、あの出来事は夢ではなかったのだと、両手で自分の肩を抱いて身震いした。



 銀髪の男が言った言葉が聞き違いでないとしたら、ここは神殿の一角なのだろうか。


 ぐるりと注意深く見回してみれば、部屋の隅にひっそりと小さな祭壇があるのに気がついた。



 やはり、ここは王宮に併設されているというリアゾ大神殿なのだろうか。


 こんなに豪奢な部屋に自分がいる事実を考えれば、そう捉えるのが自然に思えた。



 連れ去られてしまったのだ。


 意識を手放したあの隙に。



 フィルメラルナの脳裏に、父親グザビエの姿が思い起こされた。


 必死に逃げろと訴えたあの表情、只事ではなかった。



(父さんは)



 どうなったのだろうか。


 何か恐ろしい目に遭ってはいないだろうか。



「お……おはようございます、フィルメラルナ様」



 突然、女官らしき女性に声を掛けられ、びくりと肩を揺らした。


「様」などという敬称で呼ばれたことなどないフィルメラルナは、どう返していいのか分からない。


 小さく「ぉ、おはようございます」と言うと、なぜか女官は盛大に顔を引き攣らせた。



「お、お召し替え担当の侍女を呼んで参ります!」



 フィルメラルナに何かを質問させる間も与えず、機敏な動作で女官が部屋を出て行く。


 少し待つと違う女性が二人、衣装を持って現れた。



 一人の腕に恭しく乗せられているのは、白の貫頭衣。


 メルハム教会で出会った神妃の姿を思い出す衣服だ。



 彼女たちが徐に「失礼いたします」と言って着替えを手伝おうとするのに驚いて、思わず勢いよく「やめてください」と制していた。



「あの、すみません。自分で着替えますから」



 そう伝えると、侍女たちはあからさまに狼狽えた。



「な、何か、フィルメラルナ様をご不快にさせてしまいましたでしょうか」


「え、いえ、そういう意味ではなくて」



「どうか、どうかお許しください。お心をお鎮めください」



 どこかで聞いたような台詞を言いながら、衣装を抱えたまま徐に跪く二人。



「何卒、お許しを――」



 そう言って、あろうことか額を床に押しつけて、ガタガタと震えはじめてしまう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る