第12話 鉛色の瞳

「そ、そんなことやめてください!」



 額づかれたことに驚いて、思わずフィルメラルナはそう叫んでいた。


 自ら侍女に走り寄り、二人の肩に触れる。



 瞬間。



 彼女たちはビクッと雷に撃たれたように体を捩り、さらに頭を深く床へとこすり付ける。


 まるで蛇に睨まれた蛙の如く、この世の終わりとまでに震えながら、さめざめと涙を流しはじめてしまった。



 繰り返されるのは「どうかお許しを」「心をお鎮めください」という謝罪と懇願ばかり。


 フィルメラルナが発するどんな言葉も、受け入れてはもらえない。



 お手上げだった。


 これでは着替えどころか、胸に抱える疑問の一つも投げかけられないだろう。



 諦めたフィルメラルナは、大人しく侍女たちに着替えさせてもらうことにした。


 侍女は慣れた手つきで体を拭き、髪を梳き、清潔な衣装に着替えさせていく。


 手早く仕事を終えた二人は、一目散に部屋を出て行ってしまった。



(混乱しているのは、わたしの方なのに)



 理由も分からず連れて来られたのだ。


 もう少し労って欲しいし、それ以上に誰かにきちんと説明してもらいたいものだ。



 どうしたものかと首を捻っていると、蔦の模様が描かれた大きな扉がノックされた。


「は、はい」と蚊の鳴くような声で答える。



 ガチャリと音がして、扉から一人の男性がふらりと気怠そうに入って来た。


 初めて見るその男は、長い灰色の髪を後ろで無造作に束ね、穏やかな物腰で近づいてくる。



 その姿はまるで、貴族のように優雅だった。


 しかし、単眼鏡の奥で光る鉛色の瞳はどこか理知的で、近寄りがたい印象を受ける。



「へぇ。本当に見つかったのだね」



 男性はフィルメラルナの額を見て、うんうんと頷く。


 と、そのまま全身を舐めるように眺めはじめる。


 腕を組み、首を捻りながら執拗に眺めている。



 遠慮をしらない男だ。


 貴族とはそういうものなのだろうか。



「あ、あの……」



 絶えがたいと感じたフィルメラルナは、恐る恐る小声をあげてみた。



「いやいや、なかなか美しい娘じゃないか。一週間も眠っていたから心配したけれど。ぱっと見では健康そうだし、これならなんとかなるだろう」



 医師の意見も良好だったしね、と男は顎に手を当て満足そうに頷く。


 必死で声をかけたフィルメラルナを無視して、勝手に納得している。



「取り急ぎ、君にはこの後の儀式に出てもらうから」



 さらっと言い捨てて。


 踵を返そうとする男の袖を、フィルメラルナはむんずと掴んだ。



 儀式?


 なんだそれは、冗談じゃない。


 それに、一週間も眠っていただなんて。



「説明してください。あなたは誰? それに父さんはどこ?」



 袖を掴まれた男は、胡乱そうに振り向いて、やれやれと両腕をあげた。



「いやはや、こんなことは初めてでね。私たちもどうしたものかと困り果てているところだよ」


「ひどい! 人を脅してさらってきておいて」



 それはこちらの台詞だ。


 我慢できなくなったフィルメラルナは、男を睨みつけた。


 無理矢理連れてこられたのに、困ったなどと言われたくはない。



「ん? 誰が君を脅したって?」



 そんな馬鹿なというように、男は器用に片眉を跳ね上げる。


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