第10話 暗黒の五百年

 そうして、蔦の聖印を持つ神妃が大神殿で過ごし、神殿騎士卿と共に祈りを捧げることが、この世界の平和を持続させるために神が下した唯一の条件とされていた。



 その条件が満たされなかった時。


 世界は均衡を崩し、様々な災厄が起こると言われていた。



 実際、過去には神妃をリアゾ神殿へと迎えられなかった時代があり、神に見放されたその時代は〈暗黒の五百年〉と呼ばれ、現在も恐れ語り継がれている。



 その期間、世界は人智を超えた奇禍の嵐に襲われた。


 各地で大洪水が起こり多くの街や集落が流され、その後は長く続く旱魃で食料危機となった。


 苦しい生活の中で死に至る病が流行り、少しでも豊かな土地を手に入れようと、各地で戦争が湧き起こった。



 まるで、数千年前の少数民族時代に立ち戻ってしまったかのように、あっという間に平和は失われていった。


 そうして五百年のうちに、世界は人口の約半数を失ったのだ。



 この苦しく永い時を経て。



 貧しい集落の片隅で、聖痕を持つ少女が見つかり、無事に大神殿へ迎え入れられた時。


 長き暗黒の世が嘘のように終わりを告げ、再び世界に平和が訪れた。



 人類は、歓喜に咽び泣いた。


 と、歴史ヒストリフ棟に正式な史実として目録されている。



 そんな歴史的事実があったため、神妃は単なる迷信や形式に留まらず、全世界の国々が何よりも重視する存在になった。



 しかし――。




 今度見つかった神妃は、これまでとはまったく事情が異なった。


 現神妃であるイルマルガリータは行方不明となり、代わりに町娘の額に聖印が現れてしまったのだから。


 それも、赤子にではなく十七歳の少女フィルメラルナ・ブランに。



 歴史を顧みても、一度としてそのような事例は記録されておらず。


 また、現在の神妃イルマルガリータが亡くなったという証拠もない。



 新しく見つかった蔦の印を持つ聖女を、どのように扱って良いのか。


 はたまた、偽物ではなく本物であると信じてよいのかすらの判断もつかず、王宮と神殿は空前絶後の混乱に陥っていた。


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