第5話 運命の出会い

 声はまっすぐに、扉へ向かって放たれた。



 自分に向けられた言葉だ。



 そう感じた瞬間に、ギギギと音がして、フィルメラルナの目前が明るくなる。


 眩しさに片腕をあげ、堪らず目を細めた。



 開かれた扉の先には、二人の人間がいた。


 一人はすっぽりと黒い外套を纏っていて、顔は見えない。



 もう一人は、目を見張るほどに美しい少女。


 真っ直ぐな長い金髪に、大きな緑眼。



 ゆったりと寝台の上に腰掛けている少女の額には、蔦の印が刻まれていた。


 それは神が選んだ聖女、世界でただひとりの崇高な存在――。



 神妃しんきの証。



 何故だろう。



 これほどまでに尊い存在を、目の前にしているというのに。


 フィルメラルナが感じたのは、身震いするほどの危機感だった。



 それとも畏怖の念とは、神々しくも恐ろしく感じるものなのだろうか。


 今の彼女には、判別できなかった。



(いや……)



 耳の奥が熱くなる。


 鼓動に合わせて大きくなる内からの衝撃は、まるで何かを告げる警鐘のようだ。



 今すぐこの場を離れたい。


 いや、時間を――。


 そう、ここに来る前の時間に巻き戻したい。


 フロリオと会った先刻に、時間を戻せたならば。



 けれど。



 今すぐ逃げなければと思うのに、フィルメラルナの足は石のように動かなかった。



 体も、腕も、動かない。


 声さえも出ない。



 まるで、目にした蔦の聖痕に、当てられてしまったかのように。


 視線を逸らすことさえできない――。



 そんなフィルメラルナの状態すべてを、予期していたというように。


 蔦の印が刻まれた額の下、翡翠の瞳がくすりと緩む。



 前触れもなくすっと立ち上がった神妃は、ゆっくりと歩み寄ってきた。


 真っ白な衣装をサラサラと靡かせながら、フィルメラルナの目前までやってきてニコリと笑う。



 美しすぎる微笑が、訳もなくとても恐ろしく感じられた。


 どこか狂気と狂喜を混ぜ合わせたかような禁忌の笑みに、体がわなわなと震えだすのを止められない。



 背中に流れる汗の感覚が、他の感覚をすべて奪っていく。




「ようこそ――フィルメラルナ・ブラン、あなたを待っていた」




 何かを叫ぼうと、渾身の勇気を奮い立たせたフィルメラルナの口が、誰かの手に塞がれた。


 当てられた布に含まれた薬品の香りにぞっとする。



 しかし、振りほどく力もなく。


 ほどなくして、フィルメラルナの意識は暗転した。


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