第一章 あなたを待っていた

第2話 フィルメラルナ・ブラン

「綺麗な月」



 夜道を急ぐ少女がひとり。



 十七歳の町娘フィルメラルナ・ブランは、小川にかかる橋の中央で足を止め夜空を見上げた。


 紫眼にかかる茶色の髪がふわりと風に靡き、白い頬を月の光が照らしだす。



 蒼玉月コランダムーン――。


 数週間に一度訪れる、青い青い満月が眩しい。



 ふと腕を伸ばせば、届いてしまいそうに大きな月。


 燦々と降り注ぐ月光も、今夜ばかりは黄金ではなく蒼玉の色を纏っている。



 世界はまるで、神秘の海のベールに包まれたかのような蒼に染まっていた。



 けれど、その美しさに反して。


 この月の光は毒だとも言われている。



 煌きの中に含まれた、何の成分が作用するのか。


 体質によっては体調を崩したり、気分を悪くしてしまう人たちもいるからだ。



「神父様、大丈夫かしら」



 ロキソは頭痛と解熱に。


 コデインは咳止め。



 そして今夜はもう一つ、ヒプノの花で作った睡眠薬。


 メルハム教会に届ける薬を、腕に提げた籠を覗いて確認する。



 さらにその横に密かに置かれている小瓶を見て、フィルメラルナは微笑を浮かべた。



 これはブラン家に伝わる万能薬で、父親がフィルメラルナに常備薬として持たせてくれているのと同じものなのだ。


 体の弱いゼノ神父のために、少しだけお裾分け。



「おーぃ! フィーナ、こんな夜更けにどこへ行くんだ?」



 突然かけられた声に振り返れば、見知った男の姿があった。



 このガシュベリル領、領主の息子フロリオだ。


 月の明かりに影を落とす大きな木の幹に背を凭れさせ、なんだか格好つけている。



 彼の周りを中心にして広い範囲へすいと目をやってみれば、丘の上に馬が一頭繋がれているのが視界の隅に映った。


 こんな時間に自城を出たりして、彼こそいったい何をしているのだろうか。


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