トリックトリックトリックトリックオアトリート

常世田健人

トリックトリックトリックトリックオアトリート

 今日は10月31日!

 何の日か、皆知ってるだろ?

 そう、ハロウィンだ!

 ぼくの名前はゆうき! 小学三年生!

 この日が来るのをずっと待っていたんだ。色んな家のチャイムを鳴らして、「トリックオアトリート!」って言うんだ。そうしたら優しくお菓子をくれるって学校の先生が言ってた。そんな最高の日、待ち遠しくて仕方が無くなるに決まってるじゃないか!

「楽しみだなー何をくれんだろうなー」

 都会の大通りでは仮装をしている人であふれかえっているんだと思う。対してぼくは、家の近場で一人、夜遅くにお菓子を入れるためのかごを持ちながら住宅街を歩いている。

 ぼくが何の仮装をしているかわかるかい? 

 ヒントはね、黒いとんがり帽子と魔法の杖さ。

 そう、魔法使い!

 よくわかったね!

「さあ、いくぞー」

 表札に『田中』と書かれた家にたどり着いた。一軒家で二階建てということはそれなりにお金持ちな家なんだと思う。果たしてこの家の人はどんなお菓子をくれるんだろう。

 家のチャイムを鳴らした。魔法使いの姿が最初から見えてしまっていたら驚かせないからインターホンのカメラに映らない位置に居ることにしよう。

『どなたですか?』

 落ち着いた女性の声が聞こえてきた。ああ、優しそうなおばさんの声だ。これは期待が出来そうだ。出来る限り高い声を意識して、「ハッピーハロウィン! トリックオアトリート!」と言ってみた。

 女性はというと「あらあらまあまあ」と言い、完全に気を許してくれたようだった。 

「ちょっと待っていてね」

 そう言ってインターホンをオフにして、家の中からドアに向かって歩いてくる音が徐々に聞こえてきた。

 そうしてドアを開けてくれた瞬間に、おばさんの前に勢いよく飛び出した!

「トリックオアトリー」

「きゃあああああああああああああああああああああああああ!」

 おばさんは、ぼくを見ると、いきなり悲鳴を上げた。

 先ほどまでの優し気な笑顔が嘘の様だった。

 ……なんでだよ。

 ぼくがそんなに醜いのか。

「トリックオアトリート!」

「きゃあああああああああああああああああああああああああ!」

 尚も家に向かって走るおばさんに向かって、ぼくは走るしかなかった。

 ハロウィンで仮装をしてもダメなのかな。

 皆、ぼくのことを嫌いになっちゃうのかな。

 わからないけど、お菓子をくれないのであればいたずらするしかない。

 魔法の杖の先端をおばさんに数回当てて、ぼくはその場を去るしかなかった。

 ……何でいつもこうなっちゃうんだろう。

 ぼくが近づくと、皆怯えてその場から去ろうとしてしまう。

 ハロウィンくらい、ぼくを受け入れてくれても良いんじゃないかと思った。

 でも、駄目なのかな。

 ぼくは、皆から嫌われちゃうのかな。

「いーや、まだだ!」

 魔法の杖をぶんぶん振り回した後、勢いよく走りだした。

 まだ一人目だし、時間も夜九時くらいだ。

 ハロウィンはまだ終わらない!

 だったらぼくも、まだ走るしかない!

 田中さん家から走って五分くらいで、視線の先にカップルが来るのが見えた。医者と看護師のコスプレをしている。夜更けに手をカップルつなぎにしている。見るからに幸せそうだった。お姉さんの手にお菓子セットの袋があるのが見えた。

 これはチャンスだ!

 そう思ったぼくは電柱の陰に隠れて息を殺した。

 目いっぱい驚いてもらって楽しんでもらおう。

 そうすれば、お菓子を貰えるはず!

 お兄さんとお姉さんの楽しそうな声がどんどん近づいてくる。

 すぐそばに来たとわかった瞬間に、勢いよく電柱から飛び出した!

「トリックオアト」

「うわぁああああああああああ!」

「いや、いやああああああああ!」

 カップルは驚愕の表情を浮かべた後、大声を叫びながらぼくに背中を向けた。

 一目散にぼくから離れようとする。

 また、最後まで、言えなかった。

 何で?

 ぼくが何かしたの?

 皆に楽しんでもらって、お菓子を貰いたい――ただそれだけなのに。

「トリックオアトリート!」

 ぼくも走って、田中さんと同じように魔法の杖の先端をお兄さんとお姉さんに当てた。

 それからぼくは走り、公園までたどり着いた。

 住宅街の端に作られた小さな公園だ。

 遊具もブランコしかない。

 お菓子を入れるためのかごと魔法の杖をにぎりながら、ブランコに座ってこぎ始める。

 何で誰もお菓子をくれないんだろう。

 ぼくが醜いからなんだろうか。

 誰にも受け入れられたことが無い。

 ぼくは、醜い。

 そう思うようになったきっかけはいつからだろう。わからないけれど、確実に思い出せるのはクラスの女の子から避けられるようになったからだと思う。確かにぼくは更衣室を誤って開けてしまった。だけどそれからずっと避けることはないじゃないか。何でこんなことになってしまったんだろう。何で誰も受け入れてくれないんだろう……。

 そんなことを考え始めてどれくらい経っただろうか。車の音やパトカーの音、救急車の音が聞こえてくる。

ハロウィンだから皆はしゃいでしまっているんだろう。

 ぼくも一緒になってはしゃぎたかった。

 絶望の淵に居る中、ふと顔をみあげると――そこには見知った顔があった。

 あの顔、見間違えようがない。

 昔同じクラスだった女の子だ。

 一言も会話をしたことがなかったけれど、名前を言えばぼくのことを思い出してくれるだろうか。そうだ、知り合いならばすぐに逃げられるなんてことは無いはずだ。よくよく考えてみれば初対面の人にお菓子をせびるなんて良くない行為だ。警戒されて逃げられるのも当然の話だろう。

「かなちゃん、だよね。久しぶり!」

 女の子は突然名前を呼ばれて驚いている。

 もうすっかり夜更けで暗くなっているせいでぼくの姿がよく見えていないのだろう。女の子は「誰?」と恐る恐る聞いてきた。

「ぼくだよ、ゆうきだ」

「え、結城なの! 久しぶりじゃん! 何年ぶりよ!」

 女の子は警戒心を解いて近づいてくれた。

 あれ、思った以上に好感触だった。

 良い意味で拍子抜けだった。

「あんた、何その恰好。ハロウィンだからって気合入りすぎでしょ」

「ハロウィンだからね! これくらいしないと!」

「いや、だって無茶苦茶お金かかってない?」

「そうだね。特にこのとんがり帽子なんか二千円くらいして……」

「いやいやいや、一番お金かかってるのそこじゃないでしょ。全身真っ赤だよ? どんだけ血糊使ってんのよ」

「血糊? 使ってないよ?」

「え、だって……」

 女の子の声がどんどん曇っていく。

 どこに驚いているんだろう。

 先ほどまでとは違う展開で、何が正解で何が間違いなのかわからなくなってくる。

 でも、今日はハロウィンだ!

 言うことなんて、一つしかない!

「トリックオアトリート!」

「……あんた、何言ってるの?」

 女の子が信じられないようなものをみる目つきでぼくを見る。

「何って、トリックオアトリート、だよ。お菓子をくれなきゃいたずらするぞ、だよ。お菓子頂戴!」

「お菓子頂戴って……あんた、自分を何だと思ってるのよ……」

「…………」

 女の子はみるみる顔つきが怪しくなっていった。

 ――ああ。

 ――この子もそうなのか。

 ぼくは知り合いからも軽蔑されてしまうんだ。

「トリック、オア、トリート」

 ブランコからゆっくりと立ち上がり、勢いよく女の子に魔法の杖を当てた。

 何度も、何度も、何度も当てた。

 もうハロウィンなんてこりごりだった。

 こうなったら片っ端から家のチャイムを鳴らして「トリックオアトリート」と言うことにしよう。お菓子をくれないならいたずらするしかない。

 そう決意した瞬間――パトカーが数台、公園に到着した。

 警官のコスプレをした大人がパトカーから沢山出てくる。

 近くの住民が警察に通報したのだろう。

「おとなしく手を挙げろ!」

「トリックオアトリート!」

「な、何を言ってるんだ!」

「トリックオアトリート。トリックオアトリート。トリックオアトリート」

「黙れ! その女性から離れろ! 手に持っているものをおろして両手を挙げろ!」

 拳銃の先を僕にずっと向けてくる。

「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!」

 拳銃なんか、どうせコスプレだろう。

 そう思ったぼくは、何の躊躇もなく魔法の杖の先端を警察に向けながら走り出した。


 *


「次のニュースです。

 昨夜未明、住宅街の公園で男が逮捕されました。

 容疑者の名前は山田結城、二十五歳。

 ナイフによる四名の殺人事件の容疑者として逮捕された模様です。

 男は終始『僕は小学三年生だ』と騒ぎ立てていたとのことでした」

 

 

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