妹
早坂慧悟
第1話
「おにいちゃん、すぐ良くなるからね」
窓を開けながら佳奈はそういった。雑巾で窓枠の汚れを拭いている。
朝の陽光が無機質な病室を照らす。外の明るすぎる日光は白い病室には、明るすぎてむしろ不自然におもえる。
まさかこんな早くに死を迎えるとは思えなかった。楽しいことはそんななかった。彼女だって高2の春に半年間だけいたに過ぎない。
そしておそらくこのまま人生は終わってしまう。
なんて人生だろう。こんな短くて何の意味があろうか。
佳奈はそんな俺を慰めるように、学校の無い日は大抵見舞いに来てくれた。
父も母も共働きなので、見舞いに来れるのはだいたい土曜か日曜のどちらかだ
そしてたまにどっちも来ないこともあった。
俺は佳奈に申し訳なかった。佳奈だって青春の真っただ中、見舞いに来る一日は貴重な一日なのだ。
学校だって、友達付き合いだってあるだろう。
いくら兄妹とはいっても、ここまですることはない。
死ぬのは仕方ないことなのだから。
佳奈は佳奈で自分のために人生を生きてほしい。
佳奈、毎日来なくたって兄ちゃん大丈夫だから、いいんだよ。
俺は何度かベットの上から弱弱しい声で佳奈に言った。
そのたびに佳奈は、お兄ちゃん一人にさせられないし、かわいそうだし、と言ってくる。たぶん親から聞いて、医者が告げた俺の余命を知ってるのだ。
最近来るたびに何か食べたいものやほしいものがないかしきりに聞いてくるのはそのためだろう。
しかし余命もすくなく気力も体力もその血流と共に下降する一方の自分には、もはやこれといって食べたいものもなかった、望むこととて特にない。
望むこと・・・強いて言えば残りの日々、静かな環境の中で最後の命を全うしたいだけだ。
あ、そうだ。 あともうひとつ。
こんな仲の良い兄妹なんてもうないのだろうな、そう思いながら日々願い続けていることがあった。
佳奈の望みが将来叶いますようにと、
俺は寝ている時も起きている時も、この最愛の妹の幸福を祈らずにはおれなかった。
本当にやさしくてかわいらしい妹だった・・・・・・・・。
佳奈、本当に今までありがとう。
俺の代わりに青春を謳歌して、将来結婚して幸せに生きてほしい。
彼女の願う願いは何でもかなえてあげて下さいと、弱まる意識の日々の中、なんどもなんども神様にお願いをしていた。
自分の人生はもう無いようなもの。
でも佳奈が幸せになるのなら、こんな短い人生でも兄として生きた甲斐があるというものだ・・・・それはなんて幸せなことだろうか。
俺は最近そう思うようになって、死を前にして心は平静で満ち足りていた。
俺にとっては、この素晴らしい妹のことだけが全てだったのだ。だから死などこわくなかった。佳奈を思うこの願いさえ叶うなら。
お兄ちゃん、何考えてるの?
そんな風にベットでうつらうつら考えている自分に佳奈が問いかけてきた。
ふふふ、と笑おうとしたが顔の筋肉が動かなかった。あれ?
意識がすうーっと遠のいていく、いつもとは違う・・・これは・・死・・・・
遠のく意識の中で、俺はいつもと違う世界の明るさを覚えていた・・・・・・。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ふと、目が覚めた。
少し眠ってたらしい。肘をついた窓枠に少しよだれが垂れている。
俺は窓枠をハンカチできれいに拭くと、ベットに横たわる佳奈を見た。
だいぶ前に目を覚ましたのか、佳奈はこっちを見ていた。弱弱しい目だ。
「おにいちゃん、わたしすぐ良くなるからね・・・」
佳奈はそう力無げに言うとやせ細った顔で微笑んだ。
俺が剝いてやったリンゴの果実は皿に乗せられたままだ。もはや最近ではものを食べる元気すらない。
俺は若くしてここで命を閉じようとしている妹を見て不憫で涙が止まらなかった。
父も母も仕事があって毎日見舞いに来てやることはできない。
俺は大学を休んで、ここ数週間ほぼ毎日、佳奈の見舞いに来ていた。
かわいそうな佳奈。日毎にやせ細っていくのが見える。まだ若いのに、なんてことだ。
俺はいっそ、自分が変わってやりた
「やめて、お兄ちゃん」
佳奈が弱弱しい声で叫んだ。
「やめてお兄ちゃん、自分が身代わりに・・なんて嘘でも思わないでね」
そして佳奈は心の中でこう叫んだ。
だってわたし、お兄ちゃんの代わりにこうしてなったんだもん
妹 早坂慧悟 @ked153
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