美術館

夕凪あすか

作者〈名も無い人物〉

 外は海。その海の果ては空と混じり合い完全に溶け合っている。

 そのため、水平線というものがない。文字通りその二つの境界は本当に存在しないのだ。ここは、海に浮かぶ美術館。正しくいえば海の上に建っている美術館である。

 いや、もしかしたら空に浮いているのかもしれない。そこは上も下もない、右も左もない、果て無く続く同じ光景。どちらが海で、どちらが空かを見分けることができるのだろうか。しかし、この美術館はやはり海の上に建っていた。波の音が微かに聞こえる。


 青年は美術館のエントランスにいた。飾り気はなく、不思議な空間だった……白を統一色とした館内は明るくも進むことをためらわす、そんなふうに青年は感じる。だが、青年は美術館を訪ねた。理由は明白で、館内を見て回りたいからだ。観覧するためにここに来た。しかし、肝心の受付係が見当たらない。他の館内職員を探そうと青年は辺りを見渡した。やはり、だれもいない。


「すいません、だれかいませんか?」


 館内に青年の声が響くが、受付係が出てくる様子はなかった。


「すいません、だれもいないのですか?」


 周りに職員の姿はない。白い館内だとそれが余計にわかる。それに見たところ他の観覧客の姿も見えなかった。


(トイレに行っているのか?それともきゅうけい時間?)


 青年はそう考え、しばらくここで待ってみることにした。だが、受付係が現れる気配は全くない。待っても待っても現れない。


(今日は休館日ではないはず……)


 不安になってきた青年は受付カレンダーを確認した。受付カレンダーには《本日:開館日》と書いてある。


(急に休館となったのだろうか……)


 呼んでも職員は現れないし、他の客もいない。ここに人はいないとあきらめた青年は明日、また来ようと考え、入り口の扉へ引き返す。そして、白い扉の取っ手に手をかけ引いた。が、扉が動かない。どんなに力を入れて引いても動かない、押しても動かない。まるで、扉と床が一体化したかのようだ。


(あれ?……おかしいな?)


 扉を開けようと青年は何度も試みた。しかし、扉は動かない。すぐ隣の扉も試したが同じだった。


(まさか、これは閉じ込められたということなのか……職員はいないし、どうしよう)


 彼は途方に暮れ、座り込んでしまった。


(こんなことになるとは思いも寄らなかった……)


 とにかく外に出る方法を考えなくてはならなかった。


(よし、美術館の出口まで行ってみよう。職員に会えるかも……倉庫かどこかにいるかもしれない。それに、本命の館内巡りもできる。お金は後で払えばいい)


 彼は館内を進むことにし立ち上がった。


(我ながら悪くない案だな)


 青年はすぐ側にある館内パンフレットを手に取り、最初だけ、よく目に通し途中の掲載内容はさらっと流す。

 

 パンフレットには『〈名も無い人物〉 総合作品展示会』とある。


 『〈名も無い人物〉は人々をいて止まない独特の世界を生み出しました。作品の幅は実に幅広く、あらゆる作品が存在します。絵、デッサン、彫刻、せっこう像、オブジェ ……これらを媒体とすることにより〈名も無い人物〉の世界が見事に体現されています。その強烈な印象で人々を作品の世界に引き込み感動を与え、現実世界のあなたは新しい価値観や世界観を得ることができます。〈名も無い人物〉の世界に惹かれた方は、元の世界には戻れないでしょう。〈名も無い人物〉は、あなたの新しい世界を開くのです。また、この度〈名も無い人物〉生前最後の作品が当館に展示されております。最後までごゆっくりお楽しみください』


(なかなか、面白そうだ)


 青年はどのように館内を歩こうかと、パンフレットを見るが観覧ルートが示されていない。通路にルート案内があるかと思い、通路を見たがどうやらルート案内は掲示していないようだ。


(自由に観覧してください、ということみたいだな)


 青年は一階をひとまず見て回ろうと考えた。


(〈名も無い人物〉の作品……どんな世界が開かれるのか楽しみだな)


 青年が館内を進むと展示エリアに着いた。壁には絵がかかっており、通路にはオブジェが置かれていた。

 最初に青年は壁にかかった絵を見た。その絵は霧がかかった車内に、少女と女性が向かい合って座っている絵。タイトルは〈先行列車〉だ。

 その隣の絵に視線を移す。卓上で二人の軍服を着た男性が向かい合って座り、チェスと思われる卓上ゲームをやっている。それぞれの指し手の隣には軍服を着た男性……おそらく通信兵、が立って戦局を見守っている。タイトルは〈卓上戦争〉である。


(戦争がゲームか、ゲームが戦争なのか……どちらにしろ、大勢の命を担う指揮官は大変だ。戦争とは難しいもので……)


 青年は次に通路の半分を埋めている大きなオブジェを見た。大きな砂時計の下部に、人間らしきろう人形が入っている。その蝋人形は非常にせいこうに作られており、一瞬、本物の人間だと思ってしまうほどである。表情は歓喜と狂気に満ち溢れ、見ているだけで複雑な気持ちになってしまう。外観(全体)は砂時計の形だが、中に詰まっているのは砂ではない……金貨だ。金貨が敷き詰められている。

 するととつじょ、砂時計の上部から、下部へようしゃなく金貨が降り注ぎ始めた。金貨の滝によりろう人形は、みるみる沈んでいく。いや、飲み込まれていく。作品タイトルは〈世界〉とある。


(なるほど、なかなか着眼点が面白いな)


 青年は次の展示エリアに向かう。白い通路を右に曲がると左手に海が見えた。窓だ。動いていない波の音が小さく聞こえる。白色の通路の右壁には絵がいくつか飾られていた。一番近い絵を見ると、草原に汚れた白い扉が描かれている。タイトルは〈過去と未来〉だ。青年はこの絵が伝えたいことがわかる。


(家が廃墟となり、その跡で草が生えてくる。人間を必要としない自然の強さ。そして、人間が直視しなければならない未来への扉というわけか)


 館内パンフレットには不思議なことに、作品解説が一切掲載されていない。しかし、青年には作品が伝えたいことが理解できた。そのため、作品観覧に困ることがなくつまらないとは感じない。青年は次の作品を見る。タイトルは〈偽りなき告白〉……額縁にあるのは絵ではなく、白い用紙に黒い字が書かれているだけ。


『これは冗談ではありません。現実です』と。


 青年は作品を見るなり苦笑した。この作品を見て『ん?』『えっ?』という顔を浮かべる人はかなり多そうである。


(確かに、偽りない言葉だ)


 しかし、その言葉に引っかかってもいた。


(今の状況を指す言葉だったら……怖いな)


 この通路の展示作品を全て見終わった青年は次の展示エリアに向かうため、通路の扉を開いた。




 扉を開けた青年の目に映ってきたのは、手前の白色から奥の灰色にかけてグラデーション調になっている長い通路。そして、一人の少女が天井の長椅子に座っている光景である。そう、天井に長椅子がある。逆さまだ。まるで、天井が地面かのように存在し、そこに置かれた(張り付いた)長椅子に少女が座っている。青年は混乱した。


「なんだ、どうなってっ……!」


 突然、青年の身体は天井へと滑って転げ、全身を天井に打ち付ける。上下反転……受け身を取る暇は当然なかった。変な態勢で身体を強打したために、青年は顔をゆがめ、痛さで起き上がることができない。すると、その様子を見ていた、長椅子の少女が青年に声をかけた。


「ああ、おにいさん、いたそうー。ちゃんとここに入ってくる前にタイトルを読んだ?」

「いててて……タイトル?」

「そっ、タイトル。ここは〈六面通路〉だから。入るときは注意しないと」

 少女はそう言った。


「えっ、それって……うわっ!」


 言葉の途中だったが、再び青年は元の地面へ落ちていき、全身を打ってしまった。


「痛いぞ、ああ……くそ、なんなんだ?」


「ああ、また、やっちゃった。慣れないと」


 少女は少し笑っていた。


「それより、おにいさん、ここまで来るのが遅い。時間かかり過ぎ」


 青年は少女の言っている意味がわからない。すぐさま質問をする。


「えっと、それはどういう意味?だって、きみのことを僕は知らないよ?僕のことを待っていた?」


 少女は逆さまの長椅子に座ったまま、青年の顔を見ている。その顔は楽しそうだ。逆さまであるのにもかかわらず、少女の髪は垂れていなかった。


「おにいさんは知っていなくても、私は知っているの!おにいさんのこと、みんな知っているんだから」


「へぇ、そうなんだ……(この子なんだ?)」


 青年は少女に若干、困惑した。全く状況がつかめないからだ。ただ、少女は確かに青年のことを知っているような感じである……互いの面識はないはずだが。同時に、少女の背中右側から生えている大きな白銀の翼が青年の瞳に映った。


「う〜ん、きみは一人なの?お母さんやお父さんは?」

 周囲に少女の両親らしき大人の姿はない。


「ここにはいないよ。私、一人」


 少女のへんよくがストレッチをするかのように、開いたり閉じたりを繰り返す。青年はそちらも気にはなったが、この子が何者なのか知ろうと考えている。ここの職員の子ではないだろう。


「一人で美術館に来たの?」


「おにいさんだって一人でしょ」


 少女は青年に言った。


「まあ、確かに……(この子、口調がしっかりしているなあー)」


「それと、この美術館の最後まで行っても出口はないよ。終わりはあるけどね」


「えっ」


 青年の表情が固まった。少女は翼の運動を終えたようで、そのまま片翼を折りたたむ。


「冗談じゃないよ。本当のことだよ、おにいさん」


 少女は無邪気な顔でそう続ける。


「でも、入り口はあるんだし。職員がいるかもしれない」


「それはないよ」


 少女の雰囲気が変わり、片翼が大きく広げられた。


「ここは美術館、幻想と魅惑の世界への入り口……おにいさんは〈名も無い人物〉作品を知るために美術館に来たんだよ。それは使命、それは運命。そして、それはおにいさんの最後の夢。さあ!おにいさん、こっちだよ!!」


 少女のその表情は無上の喜びだ。素早く翼をたたみ、そして急に走りだす。青年はわけもわからず、とにかく、そのあとを追いかける。


(あの子は何を言っている?普通の子とは思えないが)


 そう思うのも無理はない。あの語り口、加えて脚力だ。もう、その小さな姿は遠くにあった。とても幼い少女が出せる速度とは思えない、筋力・重力・空気抵抗……常識を無視して走っているような感じだ。青年が追いつけるレベルではない。


「こっちにはやく、おにいさん!」


「待ってよ、きみ……めちゃくちゃ速いな」


 少女の声は聞こえるが、もう姿が見えない。どうやら、別のエリアに移ったようだ。灰色グラデーションの長い廊下を青年も全力で走る。


「あの子はどこに…何かを知っているはずだ」


 少女の後を追い、目の前にある扉に手をかけた。




「なんだ、ここ…………美術館だよな……」


 目の前に広がる光景、それは明らかに館内ではなかった。石で造られた通路があり、その通路の左右は滝が通路に沿って延々と続いていた。その左右の滝ももちろん人工的に作られたものであり、通路に沿って奥の方までずっと続いている。滝に挟まれた、滝の通路だ。

 しかし、通路の幅は広めで左右の滝から距離もあるため、水しぶきが青年にかかることはない。青年は滝が生み出す、涼しさを感じながら奥へと歩き出す。


(規則正しくはめ込まれた石の通路……長く続く左右の滝……ここは庭園か、何かか?)


 そう思いながら進んでいると、少女の姿が奥に小さく見えた。青年は追いつこうと走ってみる。少女はどうやら動いていないようだ。だんだんとその姿が大きく、はっきりと見えるようになる。


「どう?ここは?すごくいいところでしょ」


 少女は青年が来るのと同時にそう言い、円状の石柱の上へ、白銀の片翼をはばたかせて軽やかに飛び上がった。今、青年と少女がいる場所は、さきほどの通路と異なり、円状になった石柱が並びその周りを同じく円状の滝に囲まれている。青年は視線を一周させた。


「こんな感覚は初めてだ……」


 圧倒されない訳がない。さっきまで、美術館内にいたのだから。


「一体、どうなっているの?さっきまで美術館にいたはずじゃあ……」


 少女は本を大切そうに脇に抱え、円状の石柱を一つ一つ、飛んで渡りながら言った。


「ここは〈せきばくの回廊〉、私はよく来るんだ」


「〈せきばくの回廊〉?」


「そっ!」


 青年が上を見ると、球状の物体が7つ宙に浮いていた。それらは等間隔で円状に並び、ゆっくりと回っている。球のひとつひとつ、模様が異なることに青年は気が付いた。


「まるで、惑星だ……」


 少女はその球体に近づいて、右手をかざし、そして左右振った。その動きに反応するかのように、球体たちが直線に並び左右に動く。少女が上に右手を挙げれば球体たちは一直線で上昇し、少女が下に右手を下げれば球体たちは一直線で下降する。青年はその動きをただ見つめていた。


「これでフィニッシュ!」


 少女が左手の指を鳴らす。すると、一直線状だった球体たちは再び円状に並び、くるくると回り始め、急に止まったかと思ったその瞬間に、放射状に球体が飛び去って行った。


「どう、すてきでしょ?」


「すごいね……」


 空を飛んでいるのに飽きたのか、少女が地上に降りてきた。


「ここはもういいかな。次に行こう」


「ちょっと待って、ここはどこ?ここは美術館の中?」


「そうだよ。ちゃんと中だよ。おにいさんはどこだと思っていたの?これは夢でも幻でもないからね。現実だよ。現実。さあ、行くよ。ちゃんとついてきてね」


 言ったそばから、少女は白銀のへんよくで飛び上がり、次の扉に向かい奥へ飛んでいく。飛ばれたら当然、青年は追いつけるわけがない。


「それは……ずるいよな」


 さっきと、なんら変わらない展開だ。逃げる少女。そして、やっぱりその姿は青年の視界から消えてしまった。青年は少女が進んだ通路を走って次に進むための扉を開けた。後ろでは、まだ滝の音が聞こえている……開いた扉は予想以上にゆっくりと閉まっていき、完全に閉じられたその瞬間に滝の音は消えた。




 青年が次に目にしたのもやはり、白い館内ではない。雲ひとつなく、見事なグラデーションの夕焼け空。ここはどうやら、丘の上に位置する小さな町のようだ。青年が見渡すといくつかの民家がある。どこか懐かしさ漂う黄昏たそがれの町だ。


(また、違う風景だ。もう引き返そう、美術館の出口を探す必要がある)


 後ろを振り返ると扉は影も形もなくなっており、引き返そうにも引き返すことができない。先に進むしか選択肢はないようだ。


(はぁ……少女を追うしかないな)


 そう考え先へ進む青年。見たところ近くに少女がいない。仕方がないので探しながら町の坂道を上っていく。民家は全て、薄明りが窓から漏れていたが人がいる気配は全くなかった。無人の町だ。


(いや……)


 青年は考える。


(おそらく主題が人ではないから当然なのだろう)


 家の側を通っても、中からの声はしない。家から出てくる人もいない。夕日の散歩をする人も、帰宅してくる人もいない。人に出会わない。この夕日に照らされた世界を青年は一人で歩いている。本来、映しだされる青年の影すら映されていないのだ。青年は孤独だった。よくよく考えたら青年は、この美術館で少女以外に出会ってはいないし、美術館に来る前は……


「おにーいさん、こっち。ここからの眺めが一番いいよ」


 と、急に声がした。上を見上げるとやはり少女だ。片翼を広げ、大きく手を振っている姿がある。しかし、青年が少女のもとへ行くには、まだ時間がかかりそうだ。なぜなら、青年の目の前には長い坂道が待ち構えているからだった……結構、辛そうだ。


「はいよ(あの子は、飛んだんだろうな……)」


「おにいさん、急がなくてもいいよ」


 少女の片翼が大きく開いているのが見えた。


「さっさと、上らないと自分が辛いだけだから、坂道は一気に上るのが一番だよ……はあ、やっと、たどり着いた」


 青年は坂道を上り切り、少女の隣に立った。


「どう?ここ〈月を忘れた町〉は?」


「確かに、最高の眺め。なるほど、完成された美しい夕日だ……」


 眼前の夕日は、丘の家々を赤橙色に染め上げ、そして永遠に変わらぬ時を示していた。この町はすでに完成している。これ以上の変化はないのだろう。町の影は動いていないのだ。もちろん、少女の影も青年と同様に照らされてはいない。


「でしょう……時間を忘れる眺めだよ」


「僕は帰らなきゃ……もういいよ、外に出よう。元に戻ろう。美術館の外に出たいんだ」


「おにいさん、本当にもういいの……?」


 少女は青年の瞳を見つめて言った。


「そう、それじゃあ外に出ようか。でも、私言ったよね……美術館の出口はないよ。終わりはあるけどね」


 青年は、ぎくっとした。少女のその言葉に。しかし、もう外に出なければならない。それに、どんなに願ったとしても青年は後戻りすることができない。そして、進まなければ何も解決しないのだから……


「私について来て。この扉で外に出るよ」


 少女とともに青年が振り返ると、大きな灰色の扉が出現していた。扉には一切の装飾がなく、取っ手もない。少女が右手のひらを扉に重ねると音もなく、ゆっくりと開き始めた。開いた扉の先は眩しくて、何も見えない。少女は片翼を閉じたまま、そして、光にくらまされることもなく先へ進む。青年はあまりの眩しさに、両手で目を覆いながら少女に続いて扉の中へと足を踏み入れた。




 ゆっくりと目を開いた青年は、真っ白い廊下に立っている。どうやら美術館の廊下にいるようだ。少女の姿は見えない。


「あの子は……」


 廊下には作品が展示されており、青年はそれを見て回る。〈六面通路〉〈寂莫の回廊〉〈月を忘れた町〉……どれも青年が内側から観覧した作品だ。青年はさらに先に進む。と、先に階段が見えてきた。その階段を青年はゆっくりと上っていく。


 階段を上り切った先には台に置かれた本が一冊。タイトルは〈美術館〉。青年は優しくその本を手に取り、最初のページを開いた。


『外は海。その海の果ては空と混じり合い完全に溶け合っている。そのため、水平線というものがない。文字通りその二つの境界は本当に存在しないのだ。

 ここは、海に浮かぶ美術館。正しくいえば海の上に建っている美術館である。いや、もしかしたら空に浮いているのかもしれない。そこは上も下もない、右も左もない、果て無く続く同じ光景。どちらが海で、どちらが空かを見分けることができるのだろうか。しかし、この美術館はやはり海の上に建っていた…………』

 

 さらに、青年は本のページをめくる。


『「すいません、だれかいませんか?」

 館内に青年の声が響くが、受付係が出てくる様子はなかった。

「すいません、だれもいないのですか?」

 周りに職員の姿はない。白い館内だとそれが余計にわかる。それに見たところ他の観覧客の姿も見えなかった…………青年はすぐ側にある館内パンフレットを手に取り、最初だけ、よく目に通し途中の掲載内容はさらっと流す…………』


 青年は途中で、読むのを止めて本を閉じた。理解したのだ。

 自分が何者なのかを。そして、やるべき使命を。


「僕の使命はまだ終わっていない。美術館を最後まで回り切っていないから」


 台の上に本を戻し、青年は美術館の奥へと進んでいく。

 きっとあるはずなのだ。あの絵が。

 

 しばらく青年が先に進むと、やはり存在した。

 銀色の片翼の少女が描かれた絵。

 タイトルは〈夢をせる少女〉である。

 彼女が青年に話しかけてくることはなかった。

 青年はおもむろに、ずっと手にしていたパンフレットの最初のページを開く。

 そこには、〈名も無い人物〉が描いた代表作として、

〈夢を魅せる少女〉が掲載されていた。


「やっぱりね……どうしてすぐに気づかなかったのだろう。僕は作品きみに引き込まれたんだね」


 青年は彼女を見る。


「素敵な夢をありがとう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

美術館 夕凪あすか @Yunagi_Asuka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ