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そうちゃんといつもの通学路を歩く。まだ朝の八時にも関わらず、夏の太陽が強く照りつけてくる。彼は時々大きなあくびをしながら、私の半歩後ろをついてくる。こっちまで眠くなるからやめてほしい。私だって寝ていないのだ。
「綾歌さん、昔の知り合いに会いに来たって言っとったけど同窓会でもあるんかな?」となんとなく質問してみる。
「さぁ。でも姉貴が帰ってくる理由なんか一つしかないと思うけど」
なるほど、綾歌さんはヨット部の事件を再調査するつもりなのだろう。昨日鬼無刑事が私たちに伝えた『神楽瑠衣に殺人を教唆した人物』を炙り出すために。
「ただ、僕としてはいい気分じゃないよね」
そうちゃんがいつもよりワントーン低い声で呟く。
「まぁ。でも鬼無刑事も感謝しとんやし。それでええんやない? 即席の探偵にしては及第点やと思うけど」
私は毒にも薬にもならない言葉を送った。
今のそうちゃんを「名探偵」と言えなかったのは、きっと今朝の綾歌さんとの会話が胸の中で引っかかっているからだ。
――こんなの推理でもなんでもない。
綾歌さんは私から聞いたことだけですぐに、そうちゃんが何を考えているのか、何を狙っているのかを全て読み解いた。
その超然としている姿は、まさに名探偵だった。
名探偵は一人しかいらない。
悲しいことだけど、それが世界のルールだ。
けれど即席だとしても、名探偵ではなくても、それが私の探偵だ。
だからこそ私は彼を選んだのだ。もちろん、本人には言わないけど。
「次の週末さ、お疲れ様会でもしようよ。お姉ちゃんが美味しい食べ物でも奢ってあげるよ。一人千円までだけど」
後ろに振り返り、私が笑ってみせる。
「別に、構わないけれど……」
そうちゃんは頬を少し赤めて顔を明後日の方向に向けた。
私は二、三度首肯すると、また足を進めた。
角を曲がり正門が見えた。
学校の周りには穏やかな日常が戻ってきている。昨日のように正門近くでカメラを構える報道陣の姿はない。
「移り身の早いこと……」と私が率直な感想を声に出した。
「ニュースは新しいから“ニュース”なんだよ」
そうちゃんのよくわからない言葉を無視した私は、門の前で小さな背中を見つけた。その歩き方や立ち姿からすぐに美波だとわかった。
私はそうちゃんから離れると、走って彼女の元に向かう。
「美波っ! おはよう」
彼女の首あたりに抱きつく。
「きーちゃん、おはよう」
美波はそっと触れて、首に巻きついた私の腕を優しく剥がした。
これが私たちのいつもの挨拶。
「きーちゃん、これ見たよ」
「あっ、それ」
美波が鞄から取り出したのは、私が寄稿したあの記事だった。
私が自慢しようと思っていたのに、先を越されてしまった。
「よく私の書いた記事だってわかったね」
「そりゃわかるよ。きーちゃんの記事、何百回も読んでいるけん」と照れながら語る美波。まったく、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。
「ありがとうね……きーちゃん」
「どしたん、いきなり」
「ううん。まだちゃんとお礼言ってなかったなって」
「お礼ならそうちゃんに言ってよ」
と私は正門の方に振り返ったが、すでにそこに彼の姿はなかった。
「そういえば十川先生、学校辞めたんやってね」
美波が寂しそうに頷く。
やっぱりすでにヨット部のメンバーにも回っているみたいだ。いつもよりも荷物が少ない美波の姿は改めてヨット部がなくなったという現実を私に突きつけた。
「みんなこれからどうするん?」
活動休止処分がいつまで続くかわからない。私たちの高校生活は三年しかないのだ。来週に大会を控えていた三年生はともかく、一、二年生にとってはなんとも宙ぶらりんな日々だ。かと言って今さら他の部活に転部するのも気がひけるだろう。
「美波さえ良ければ。新聞部はいつでもウェルカムなんやけど……」
「ありがとう」と微笑む彼女。
「でも私たち、ヨット部を潰したくないんだ」
「でも学校は活動禁止って」
「うん、部活動としての活動は認められていない。大会には出られないし、合宿や遠征もできない。けれどせめて同好会として存続させられないかなって思っとる」
我が松鷹高校では、生徒の積極的な課外活動を奨励されている。部活動に加えて同好会なる組織があるのもそうした学校の方針によるものだ。部活動がインターハイやコンクールの出場を目標に活動するのに対して、同好会はそれぞれの種目を単純に楽しむのを目的としている。
この同好会制度はかなり好評なようで、うちの生徒のほぼ全員が何かしらの同好会や部活動に所属しているらしい。部活動と同好会を掛け持ちしている生徒も大勢いる。
「もちろん難しいかもしれんけど、それでも私はヨットが好きやけん」と笑顔で語る彼女。
「そっか。それじゃあ新聞部はヨット部の再興を全力でサポートするよ!」
私はドンっと自分の胸を叩いた。
「大船に乗ったつもりでいてよ」
「えー、泥舟の間違いやろ」
そう言って、美波はクシャッと笑顔を浮かべた。
やっぱり彼女には笑った顔がよく似合う、なんてことを思いながら私たちは校舎の中に入って行った。
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