<第5章> チェリーボーイにうってつけの幕引き
1
私たちが再び視聴覚室に戻ったときには、全員が揃っていた。
文字通り全員――。
十川の座る隣十一時の位置に置かれた椅子に、一人の少女が座っている。赤いフレームの眼鏡を掛け、長い髪の毛は三つ編みに結っていた。ブラウスのボタンを袖の先まで留めているのに暑苦しさを全く感じさせないのは、彼女の身体がそれだけ細いからだろう。影が薄いというより、生命の灯火が消えかけているような、そんな儚さを感じた。
そうちゃんが教壇に上がる。一同を見渡すと、咳払いを一つした。
「お集まりの皆さん。お待たせしました。ただいまより、荒木勝殺人事件の謎解きを始めたいと思います、がその前に……」
そうちゃんが十川の隣に座る少女の方を見る。
「新庄先輩は、事件の概要について知っていますか?」
突然の指名に、彼女の顔色には驚きの表情が浮かんでいた。
「えっ……。はい、一応。SNSでも話題になっているし」
「結構です」
そうちゃんが彼女の言葉をピシャリと断ち切った。
新庄先輩はぽかんと口を開けたままでいる。
「では改めて、今から僕の推理をお聞かせしたいと思います」
教室内がピンと張り詰めた気がした。
男木刑事はすでに手帳を開き、一言一句すら逃すまいと構えている。
私を含め全員が固唾を飲んで次の言葉を待った。
「結論から先に申しまして、この事件の手口はそれほど大掛かりなものではありません。あらかじめ用意しておいた毒入りの缶を、被害者のものとすり替える。ただそれだけのことです。ここまでは散々議論を尽くして参りましたので、今更言及することはないでしょう」
そうちゃんが全員を見渡した。
授業について来られているのかを確認する先生のようだ。
「犯人がしたことはたったこれだけです。しかし大方の予想に反して、事件から二十四時間が経った今もなお、犯人逮捕には至っていない。なぜでしょう? 答えは簡単です。犯人ですら予想していなかった出来事が起きたからです」
「予想していなかった出来事?」
石崎先輩が声を上げた。そうちゃんは「ええ」と相槌を打つ。
「けれどそれを説明する前に少し回り道をします。いえ寄り道ではありません。『急がば回れ』というでしょう」
彼は人差し指を立てる。
「僕が最初に疑問に感じたのは、なぜ『ニコチンが凶器に使われたのか』ということです。すぐに思いつく理由は、入手のし易さです。タバコはコンビニや自動販売機など、どこでも売っています。しかし今の時代、通販を使えばなんでも手に入る。それこそトリカブトや青酸ソーダなんかを手に入れることだってできます。なら他に理由があるはずだ……」
そうちゃんはそこで間を置いた。
誰かが答えを出すのを待っているようだ。
「荒木さんが喫煙者だったからというのは?」
石崎先輩の隣に座る藤岡俊樹が発言した。
「ほう」とそうちゃんが感心した声をあげた。
「日頃嗜んでいたもので殺される……確かにドラマチックではありますが、本気で殺すのなら、少ない量で確実に殺せる毒を使った方が良いでしょう」
顎を摩りながら吟味をする。
藤岡俊樹は両手をあげ、降参のポーズをとった。
「誰か他に意見のある人はいますか?」
そうちゃんがまた全員を見渡す。誰もが首を横に振った。
「わかりました。では僕の考えを述べます」
彼はまた咳払いをした。
探偵の所作が板に付き始めているじゃないか。
「犯人が凶器にニコチンを選んだ理由。それは致死量に至るまでの許容量が大きく、かつ標的にニコチンの耐性がついていなかったからです」
「いや、待ってくれ。荒木氏は喫煙者だぞ……そうか、そういうことか」
何かが頭の中に閃いた鬼無刑事がハッとした顔をする。
そうちゃんは唇を歪め、その答えがあたりであることを示唆した。
「そう。それこそが、犯人が描く事件の筋書きだったんですよ」
「どういうことだ? 藤塚、俺たちにもわかるように説明してくれ」
いまだに理解が追いついていない十川がそうちゃんに解説を求めた。
いや、そもそも先ほどの鬼無刑事とのやり取りを理解出来たものは果たしてこの中にどれほどだろう。
私自身も犯人の名前は聞いていたが、詳しい内容は知らされていないため、そうちゃんがなんの話をしているのかはいまだによくわかっていない。
「勿体ぶっても仕方ない。噛み砕いて申しますと、犯人がニコチンを使ったのは殺さない程度に標的を苦しめることが目的だったからです。そしてその標的は荒木さんではなかったということです」
「荒木さんじゃないっていうなら、犯人の狙いは誰だったの?」
菊池先輩が誰もが思う疑問を直接ぶつけた。
そうちゃんはそのボールを平然と打ち返す。
「あなたですよ、菊池遥佳先輩」
教室の中心で輪になって座るヨット部員たちが動揺の色を見せた。
「そんなまさか、菊池が狙われていたなんて……」と石崎先輩。
空いた口を手で塞ぐ美波も「信じられない」と呟いた。
「いえ、妥当な考えだと思いますよ。未成年は喫煙は禁じられている。そのためニコチンに耐性がついていない高校生はすぐに身体に変調をきたすでしょう。一方でたとえ中毒に罹ったとしても死に至ることはまずない。まさにニコチンこそが『殺さない程度に標的を弱らせる』という犯人の要望に適った毒物だったのですよ。そうですよね――」
ここで、そうちゃんはある人物の方へ顔を向けた。
彼の動きに合わせて全員がそちらに注目する。
そして彼は、犯人の名を告げた。
「――神楽瑠衣さん」
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