7
四時間目の授業開始を知らせるチャイムが鳴った。
三々五々に休み時間を過ごしていたメンバーがそれぞれの席に戻ってくる。
「おい中川、校内でスマホの使用は禁止だぞ」
席に着いた十川は左右の親指で画面をタップしている彼を注意した。
「もうちょっと、もうちょっとで終わりますから!」
中川は食い入るように画面を見つめている。
「もう、こいつ中毒なんすよ。この間も授業中にイジっているところを見つかって没収されたし、課金額も一万超えたらしいんですよ」
隣に座る匂坂勇気が彼の肩を叩きながら吹聴する。
「うるさいなぁ。いいだろ、別に俺の金なんだから」
中川は面倒くさそうに彼を見て、「はいはい、仕舞いますよ」とスマホの電源を切ってポケットの中に収めた。これで全員の準備が終わり、教壇に立つ進行役に視線を移した。
しかし彼は虚な表情で虚空を見つめている。
「おい、藤塚?」
一番近くに座っている十川が彼に話しかける。
そうちゃんは「中毒……」と独り言のように呟くだけだった。
「おーい。藤塚? どうしたんだ……」
反応がない。教室の左右の壁に沿って立っていた鬼無刑事と男木刑事も様子を伺うように彼を見ている。
「紀野。どうしちゃったんだ? 『中毒』って呟いたきり反応がないんだが……」
手を焼いた十川は私に匙を投げたが、私だって彼の再起動の方法なぞ知らない。
私もなんとも仕様がなく、首を捻る。
彼が自律的に元に戻るのを待つしかなかった。
そうちゃんはその間もずっと「中毒、中毒、中毒……」と呟いている。
その声は次第に大きくなり、教室の後方に立つ私の耳にも聞こえるほどのボリュームになった。
「中毒、中毒、中毒、中毒、中毒。中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒、中毒…………」
まさに狂気としか言いようがない。
聞いているこっちは中毒のゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。
耳を塞ごうとしたその瞬間、教卓をパンと叩く音が教室中に響いた。
「中毒……。そう、中毒だ!」
彼のその姿は、アルキメデスが浴槽で浮力を発見したシーンそのものだった。
「そうです、中毒です! なぜ気がつかなかったんだ。簡単なことじゃないか……」
「おーい、藤塚? 藤塚! 戻って来てくれ」
十川が必死に彼の独り言を止めようとする。
我に帰ったそうちゃんは目を輝かせながらこう言った。
「犯人がわかりました」
その言葉に教室の中が騒然とした。
「藤塚くん、犯人が分かったと言うのは? それはつまり……」
「ええ、謎は全て解けたと言うことです」
そうちゃんは顎を引き、力強く答えた。円を描くように教室の中央に座るヨット部のメンバーたちは、突然の出来事にお互いに顔を見合わせている。
「それは一体誰ですか?」
手帳を開いてメモの準備を済ませた男木刑事が尋ねる。
しかしそうちゃんは首を横に降った。
「少し時間をください。うまく説明するために整理する時間を」
「どれくらいでしょう?」
「一時間後、五時間目の時間にここで会いましょう」
一方的に通告すると、そうちゃんは教壇を降りて出口の方に向かう。
視聴覚室を出る直前、彼は振り返った。
「そうだ、十川先生。一つお遣いを頼まれてもらえませんか?」
「何か買って来て欲しいものでもあるのか?」
「いえ、簡単なことです。新庄真冬さんを、ここに連れて来てください」
そうちゃんは「よろしくお願いします」と軽くお辞儀をして教室を出て行った。私は急いで彼の後を追う。
「そうちゃん! そうちゃん! ちょっと待ってよぉ!」
階段を一段降りたところで彼はこちらに振り返った。
目線の高さがちょうど重なる。
「犯人が分かったって本当?」
「うん……」
「それで誰なん?」
「ここじゃあなんだから、部室に行こう」
そう言ってそうちゃんは先に階段を降りていく。
私から目を外す直前、彼は横目で私のことを鋭く捉えた気がした。
新聞部の部室に戻ってきたそうちゃんと私は中央の長机を挟んで座った。
その机上には先ほど男木刑事からもらった捜査資料ともう一つ。
今朝、私が校長室で嫌疑をかけられた時に鬼無刑事が提出した荒木さんの行動表が置かれている。
「ここを見て欲しいんだ」
彼が指差したのは、ヨット部の関係者が事件当日にそれぞれ飲んでいたドリンクの種類だった。
「スポドリが石崎先輩と東雲先輩。藤岡先輩はお茶。菊池先輩と神楽ちゃんはゴムボートに残されていたんと同じコーヒー。美波がミネラルウォーターで、他の一年生は持参した水筒……これがどうしたん?」
「確か、しーちゃんはゴムボートに乗った際、クーラーボックスが積んであったのを見たんだよね?」
「うん」
そうちゃんはまるで将棋の棋士が詰みまでの手順を何度も確認するかのように、何度も深く頷いて自分の推理を反芻している。
「うん、これで間違いない。」
「それで犯人は誰?」
「――――だよ」
彼はなんの躊躇いもなく、その名前を告げた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます