4
昼休みの終わりを知らせるチャイムは、同時にまた魔女裁判の開廷を意味していた。
教壇を背に、顧問の十川が座る。
彼を時計の十二時に見立て、一時に部長の石崎慎吾、その横にペアの選手である藤岡俊樹が座った。
三時の位置に菊池遥佳、左に東雲小春。
美波には六時の場所が与えられた。つまり十川と正面を向く形になる。
その左に匂坂勇気、中川圭と続き、九時のところに一年生の神楽瑠衣が座る。
さらに時計は進み、井手浦政典、高木颯が座った。以上十一人。
そして教壇にそうちゃんが立ち、三時と九時のところに座る生徒の後ろには鬼無、男木の両刑事が。そして六時に座る美波の後ろには私が立っている。
というのも視聴覚室は三人掛けの長机を横に三つ、縦に七列並べられている。机上の左右にはそれぞれ液晶モニターが、中央にはパソコンの本体が置かれている。そのためどうしても見晴らしが悪くなってしまう。そこで教室の四方に監視を立てることにしたのだ。こうすることで、障害物の陰に隠れて合図を送ったりすることもできなくなる。
一年生たちが慣れないこの状況に左右をキョロキョロとしている一方で、部長の石崎先輩や菊池先輩、藤岡先輩ら三年生は目を瞑り、毅然とした態度を見せていた。私の前に座る美波は、今どのような顔をしているのだろう……。
「それじゃあ始めましょうか」
その掛け声で全員の顔つきが変わった。
喉を鳴らすように唾を飲み込む者、目を開けて真っ直ぐに前を見る者、スカートを掴む手に力を入れる者。
皆それぞれの思いを抱えながら、二回目の事情聴取という名の学級裁判が始まった。
小石が静謐な水面に波紋を広げるように、進行役のそうちゃんが皆の動揺を誘う。
「では皆さん、自由に話して下さい。お題はそうですね『犯人は誰か』でお願いします」
彼は右腕につけている腕時計を見ると、「はじめ!」と指示を出した。
教室の両脇に立つ鬼無刑事と男木刑事の二人が顔を見合わせている。私自身、そうちゃんが何をしたいのかわかっていない。いや、一番困惑しているのは犯人探しを課されたヨット部のメンバーたちだろう。全員が顔を見合わせている。
「おい藤塚、これはどういうことだ。俺たちをお互いに歪み合わせて何がしたいんだ」
十二時の位置にいる十川が教壇の方に振り向いてそうちゃんに話しかけるが、彼は何も答えない。試験監督者のような出立ちで後ろに手を組み、全員の顔を見渡していた。
「まるで人狼ゲームみたいね」
四時と五時の間に座る東雲さんが声を出した。
「そういうことだよ」
今度は二時の場所に座る藤岡先輩が声を上げた。
「誰か一人、狼を決めるその過程を見て、藤塚は俺たちの人間関係を把握しようとしている。そういうことだろう」
「ならば、何も話さなければいいんじゃないですか?」
十時の場所に座る井手浦が。
「それじゃあ何も変わらない。この際だ、みんなそれぞれ思っていることをぶちまけないか?」
と部長の石崎慎吾が提案するも、誰も口を開かなかった。
「やっぱり俺からだよな……」と彼は後ろ髪を掻く。
「俺は、荒木さんに恨みを持っている人間の犯行だと思っている。正直死者を貶めるような発言はするべきではないが、荒木さんが女子部員に対してセクハラ紛いの行為をしていたのは知っている。特に菊池は一年生の時からずっとで、俺はそれ見て見ぬふりをして過ごしていた。部長失格だ。だからもしお前が荒木さんのセクハラに耐えきれなくなって殺してしまったのなら、俺にも多少の責任はある」
申し訳ない、と頭を下げる石崎先輩。
全員の視線が菊池先輩に集まる。
「ばっ―――――かじゃないの! 確かに荒木さんからセクハラを受けていたし、それを見て見ぬ振りする十川先生やあんたたち三年男子には腹が立っていたけれど、そんなことで殺すわけないでしょ! 来週が大会なのよ? わざわざ自分の晴れ舞台を潰すような真似はしないわよ、ちょっと考えればわかることでしょ!」
菊池先の激昂に石崎先輩も「そうだよな。すまない」と謝った。
たしかに、彼女の意見は筋が通っている。三年生にとって最後の大会を控えたこの時期に部の汚点となるような行動をするわけがない。
「ということで俺たち三人は除外だな」と藤岡先輩が話を進めるが、「ちょっと待ってください!」と七時の席に座る中川圭に遮られた。
「大会に出ることを阻止したかったという動機なら、藤岡先輩にもありますよね。だって先輩、いっつも部長にコキ使われていたじゃないですか。それこそ海上で酷い言われ方しているの、俺ら何度も見てますよ。なぁ、勇気」
彼は隣に座る匂坂勇気に同意を求めた。
「うん、確かに石崎先輩ってなぜか藤岡先輩にだけ当たりが強いよね」
「ペアの奴と他の部員とでは言葉遣いが違くて当然だろ。命預けているんだから」
石崎先輩が反論をする。けれどあくまで自分の名誉を守ための弁明だ。
今度は藤岡先輩にスポットライトが当たる。
「誓って、俺はやっていない! 確かに慎吾の言葉はキツいところもあるが、それがどう変化したら荒木さんを殺す殺意になる? 普通は直接石崎を狙うだろう。それに来週の大会で俺たちは引退だ。今更そんなことして何になる。むしろ、そんなこと言っている中川たちの方が妥当じゃないのか? お前たちは二年生が大会に出られない腹いせでこんな事件を起こしたんじゃないのか? 特に匂坂は俺より上手いって思っているみたいだしな」
返す刀で今度は中川・匂坂ペアに疑いがかけられた。
二人は当然のように否定して、その汚名を下級生に擦りつけた。
やっぱり最低だ、この二人。
「僕たちは今月から船に乗り始めたんですよ。まだ基本の動作もできていないのに、試合に出たいからって荒木さんを殺すのは論理的におかしいですよ」
代表して高木颯が答える。
「複数の動機が重なったとしたら……」と菊池先輩。
「例えば自分は試合に出られない。加えて荒木さんからのセクハラを受けていて、こんな部活無くなってしまえばいいと思っていた。神楽と五十嵐には当てはまるわよね」
「違う。私、そんなことしてないです!」
突然指名された神楽瑠衣は涙を目にためながら必死に首を横に振っている。
「それに五十嵐は私たち、というか私を大会に出させない理由があるわよね。だって自分のペアを取られたんですもの」
「それ、どういうことですか!?」
思わず私は口を挟んでしまった。
「あら、あなた五十嵐の親友なんでしょ? 私への恨みつらみなんて耳にタコができるくらい聞かされているって思ってた」
菊池先輩は余裕が生まれてきたのか足を組み、背もたれに身体を預けている。
「私そんなことしていません!」
美波が必死に叫ぶ。
「じゃ、じゃあ。美波のペアって……」
「私です」と東雲小春が手を挙げた。
私だけじゃない。教室の左右で成り行きを見届けていた二人の刑事も動揺している。
「一年生も知らないでしょうけれど、私と小春がペアを組んだのはこの春から。それまで私は別の人と組んでいたのよ」
「どうして解散しちゃったんですか?」
私のその問いに、菊池先輩はあっさりと答えた。
――だって使えないんだもん、と。
「私は本気でインターハイに行きたかった。その子もね、初めの方は『一緒に行こう』って張り切っていたんだけど。何度言っても同じミスを繰り返すし、それを直す為の努力もしなかった。去年の秋口くらいからはサボりがちになって、冬休みに入ると完全に音信不通。年が明けて学校が始まったら、いつの間にか退部していたことを知らされた。まったく、あの子のためにどれだけ時間を無駄にしたと思っているの。いい迷惑だったわ」
この場にいない元相方を罵る菊池先輩の顔に、後悔や悲しみの色は全く浮かんでいない。
「して、その人の名前は? 今も学校にいるんですか?」
「名前は
すると今まで黙って情勢を見守っていた十川が口を開いた。
「いるよ。あいつは今もこの学校にいる」
その言葉に、部長の石崎が身を乗り出した。
「本当ですか! でも俺たち三年の教室を探しても見つからなかったのに」
力なく垂れた頭を横に振る十川。
膝の上に置いた拳は生地にシワができるほど、力を込めていた。
そして寂しそうに呟く。
「あいつはまだ二年生なんだ」
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