私の後ろで事の成り行きを見守っていた二人が動いた。


「あっ、刑事さん」


 最初にその姿を認めた十川が声を出し、一同の視線は一斉にそちらへ移った。


「ご無沙汰しています」


 鬼無刑事は簡単に挨拶をした。その後ろには男木刑事もいる。

 そうちゃんは頭を上げると少し唇を尖らせ「何か用ですか」と口撃を加えた。


「君の援護射撃をしようと思って来たのだが、その必要はないようだな」

「援護射撃? いつから刑事さんたちは僕の味方になったんです?」

「事件を解決するって目的は最初から同じじゃないか。今朝はだけだ」


 鬼無刑事が後ろに控える男木刑事に顎で指示を送る。それを受け、男木刑事が「これを君に」とクリアファイルに入った書類を渡した。


「いいんですか? 捜査資料を一般人に見せたりして」


 そうちゃんは、受け取りこそするものの中身を見ようとはしなかった。

 それには鬼無刑事が答える。


「構わない。言っただろう、利害関係は一致している。我々は犯人を捕まえるためなら猫の手だって使う」


 捜査資料なんて、記者クラブに詰めるマスコミですら見ることができない。

 それをそうちゃんに見せると言うことはつまり、警察が彼に捜査協力を要請したことを意味していた。


 「では遠慮なく」と言って彼は資料に目を通しはじめた。

 私も彼の隣に言って、内容を見る。

 そこにはヨット部員十名の荷物検査の詳細が書かれていた。

 着替え、マリンシューズ、グローブに筆記用具、財布……等々。


「こんなん知ってどうするん?」


 そうちゃんは何も答えい。

 じーっと穴が開くのではないかと思うほど、そのリスト眺めていた。

 鬼無刑事が椅子に座るヨット部員たちの方を見ると、いつものように一つ咳払いをして「皆さん、お疲れのところ申し訳ありませんが今からもう一度事情聴取を行います」と宣言をした。


「事情聴取……。しかし刑事さん、今は昼休みです。それもあと十分ほどで終わってしまう。今から一人ひとりの話を聞いていたら午後の授業は全て流れてしまいますよ」


 生徒の日常を守る義務感からか、十川がすぐに反論の声を上げた。


 「犯人逮捕にご協力ください」と返した鬼無刑事には昨日のように有無を言わさぬ圧がこもっていた。

 十川が「せめて放課後になりませんか」と妥協案を提案する。

 するとさっきまでリストと睨めっこをしていたそうちゃんが驚きの発言をした。


です」


 その言葉にここにいる全員が自分の耳を疑った。

 かく言う私もその一人だ。

 おいおい、本当にできるのかい、そうちゃん?


「まさか今日中に犯人を捕まえるっていうの?」


 菊池遥佳先輩が声を上げた。

 顔を上げたそうちゃんは真顔で「はい」と応える。


「だって一日でも早く練習を再開したいでしょう? 来週が大会なんだから」

「練習再開って……ヨット部は休部になったのよ! ふざけないでよ!」


 菊池先輩がヒステリックな声を上げる。


「ふざけてなどいません。僕が謎を解いて、皆さんの処分が撤回される。それでハッピーエンドです」


 彼の目は据わっていた。

 どうやら本気のようだ。


「謎を解くのはひとまず脇に置いておくとして、処分の撤回は現実的に不可能じゃないのかな?」


 今度は部長の隣に座る藤岡俊樹が質問を返す。部長のペアの選手だ。

 痩身な体躯と黒縁の眼鏡という見た目に違わず、寡黙な性格のため影が薄い。


「大丈夫です。紀野先輩がすでに手を考えています」


 そうですよね、と彼が私に話を振る。


「えっ!? 私?」


 突然のご指名に高速で瞬きを繰り返す私。

 見かねたそうちゃんが口を大きく動かして私に伝えてくるが、正直変顔にしか見えない。


「ほら、ほら……」


 今度はジェスチャーゲームに変わった。

 彼は私の胸を指差し、左右の人差し指で四角形を描く。


「これっくらいの、お弁当箱に?」


 首を振るそうちゃん。

 次に彼は人差し指と小指を広げると、耳元に持ってきた。


「アローハー?」

「先輩、わざと間違えています?」

「そうちゃんのジェスチャーがわかりにくいんだよ!」


 彼は左右の腕を広げて、眉根を寄せる仕草をした。


「新聞?」

「ザッツ・ライト!」


 彼は指をパチンと鳴らした。

 なるほど。ペンは剣よりも強し、か。

 制服の胸ポケットから十川記者の名刺を取り出した。

 私だって新聞記者だ。弱小の校内新聞だけど、それでも立派なメディアである。

 ならばやることは一つしかない。

 記者の仕事は真実を明らかにすることと、もう一つ――。

 どこまでやれるか分からないけれど、やれることだけやってみるとしよう。

 部員たちの前に振り向くと、心配そうに美波がこちらを見つめている。

 私は彼女に向かって力強く頷いた。


「では、事情聴取と参りましょうか」


 「すぐに部屋の用意を」と動こうとした男木刑事をそうちゃんは「いえ、今回は公開制で参りましょう」と提案した。

「今から、一人ひとりの話を具に検証していたらそれこそ日が暮れてしまう。それにみんなの前で発言するのだから、容易に嘘はつけないでしょう」と。


「そんなので、本当に犯人が絞れるの?」


 菊池先輩が疑問の声を上げる。

 そうちゃんはニヤリと笑った。


「言ったでしょう。犯行手口と犯行時刻はすでに絞り終えている。あとはの二つです。それでパズルのピースが全て揃う」

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