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視聴覚室の扉を開けると、二十二の瞳が一斉にこちらを向けられた。
もちろんそれはヨット部員と顧問の十川のものだ。
「何の用だ、ミーティング中だぞ」
教壇に立つ十川がこちらに向かって注意を促したが、そうちゃんは臆することなく教室の中へ歩みを進める。そして教壇に上がって十川の隣に立つと、椅子に座る部員たちの方へ振り返った。
「おい。後にしてくれないか? 今大事な話を――」
「犯人を突き止める以上に大事なことがありますか?」
十川の言葉に重ねるそうちゃん。
一同の顔が曇りはじめた。
「犯人を突き止めるって、お前がか?」
二列目に座った匂坂勇気が教壇に立つ彼を指差す。半袖シャツの袖からのびる屈強な腕は、二の腕の真ん中あたりを境に茶色と白のコントラストができていた。
「一体、どんな権利があって部外者が立ち入るんだ」
「部外者ではありません。五十嵐先輩から事件の解決を頼まれました」
一斉に全員の視線が美波の方へ向いた。
「おい、五十嵐。俺たちを売ったのか!?」
匂坂勇気は声を荒げた。
「違う、そうじゃなくて――」
「違わないだろう。なんだよ、こんな状況で部員同士をいがみ合わせて何がしたいんだよ!」
「私は……」
彼の迫力に美波が声を詰まらせる。
十川も困った顔を浮かべて一向に仲裁に入ろうとはしない。
私はその様子にひどい苛立ちを覚えた。
何が部員同士でいがみ合わせて、だ。
今こうして責められている美波を誰一人として庇おうとしないその状況がまさに、お前たちの醜さを如実に表しているではないか……。
自然と右手に力がこもった。そのまま駆け出して匂坂に殴り掛かろうかと思ったその時、教壇から聞こえたそうちゃんの声に室内の注意が惹きつけられた。
「お言葉ですが、荒木さんに毒を盛ったのがこの中の誰かであることは、みなさんも薄々と感じていたのではないですか?」
彼の言葉に教室全体の空気が変わった。
全員がお互いの様子を横目で伺い合っている。
「なんで、俺たちが荒木さんを殺さなきゃならないんだ」
「動機についてはまだ分かりません。現時点で分かっていることは、どうやって荒木さんに毒を盛ったのか。そしていつ、それが実行されたのか。この二点です」
匂坂勇気の怒りの矛先は美波からそうちゃんに移ったが、彼は平然としている。段々と振る舞いも探偵っぽくなってきたじゃないか!
私がそうちゃんの成長にひとしおならない思いを抱えていると、後ろから肩をポンっと優しく叩かれた。
その人物は口元に人差し指を持ってきて、思わず声が出そうになった私に静止を促す。私は頷くと再び室内の方に目線を移し、探偵の勇姿を見届けることにした。
彼の説明はすでに佳境に入っていた。
内容は概ね、さっきの新聞部で聞かされたものと同じだった。
「――以上のことから、僕は内部犯による犯行だと結論づけたわけです」
そうちゃんの説明が終わった。視聴覚室に再び沈黙が戻ってくる。
先程まで食い入るように話を聞いていた部員たちは、打ちひしがれたように何も答えなかった。
当たり前だ。
自分たちの中に殺人鬼がいる――彼らは今までひたすら背けていた事実を改めて鼻先に突きつけられたのだ。
みんな顔には警戒の色が浮かんでいた。
「今更そんなことを知らされて、だから何だって言うんだ……」
中川圭の声が教室に響いた。
彼は立ち上がると教壇の上に立つそうちゃんに言葉を投げつける。
「なぁ、教えてくれよ。この謎を解いて誰が救われるんだ? 犯人捕まったら俺たちは活動を再開できるのか? 来週の総体には出場できるのか? なぁ、教えてくれよ。なんでこんなことになっちまったんだよ!」
最後の方の言葉には
その姿は私の胸にも迫るものがあった。
三年間の集大成を披露する場を奪われた先輩たちには同情の思いしかない。
「確かに、この謎を解いても君たちは救われないでしょう」
そうちゃんは静かに呟く。
「じゃ、じゃあ――」
「じゃあ謎なんか解かなくてもいいと?」
中川圭は反論を試みるが、すぐに遮られてしまった。
「それじゃあ中川先輩は、このまま事件が解決しなかったとして、安心して船に乗れるんですか? 胸を張って仲間を信じることができるのですか?」
彼は何も返せなかった。
そうちゃんは視線を全体に向け、今度は一人一人に語りかけるように話を続ける。
「みなさんの貴重な青春は、犯人の愚かな行動によって踏み
室内の空気が変わったのを私は感じた。
「この謎を解いても誰も幸せにはならない。だから身内で犯人探しをしたくない? 違うでしょう。みなさんが荒木さんの死を乗り超えるには、青春の痛みを少しでも癒すには、事件を解決して犯人に罪を償わせるしかないんです。五十嵐先輩はその事に気づいて僕に全てを話してくれました。彼女の証言のおかげで僕はここまで推理をすることができたんです。だから――」
そこでそうちゃんは一つ間を置いた。
目を閉じ、スーッと鼻から息を吸うと再び前に向く。
「だから、お願いします」
彼は深々と頭を下げると、こう言った。
「僕に協力して下さい」
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