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チャイムが鳴った。
休み時間になり、私たちは部室を出る。
美波は二年生の部員に、昼休みミーテイングを開く旨を伝えに向かった。私はと言うと、再び北館の階段を昇る。目的地はそうちゃんの教室だ。
一年四組の教室に顔を出すと、入り口の近くで話をしていたヨット部の井手浦くんが近づいてきた。
「あれぇ、鶏ガラ先輩じゃないですか。こんなところで何しているんですか?」
「おい我、先輩ぞ?」
目の前の寸胴クソメガネこと井手浦政典はへらへらと笑っている。
「そうちゃ……藤塚くんおる?」
「はいはーい、今呼びますね」
井手浦は振り向いて教室の中を見渡すと、口元に手を添えてこう叫んだ。
「藤塚―! 愛しの紀野先輩が逢いに来てるぞー!」
私は彼の背中越しに中の様子を覗く。教室の中央付近の席に座っていたそうちゃんが耳を真っ赤にしてこちらを睨んでいた。
私はごめんとジェスチャーで謝る。
というか悪いのは全て井手浦だ。もっと普通に呼べよ!
教室内では突然の来訪者にみんな興味津々だった。
「あれ、あの人朝もうちのクラス来てなかった?」
「本当だ、さっき泣きながら藤塚くんに抱きついて来た人だ」
そんな声がどこからか聞こえてきたので、私も数歩下がって廊下に避難。
「お前、余計な事言うなよな」
廊下に出てきたそうちゃんが、井手浦くんを鋭く睨む。
「ごめん、ごめん」
笑いながら謝る彼。
「じゃ、ごゆっくり〜」と教室へ帰ってしまった。
「それで話って何?」
「うん。美波がね、そうちゃんに事件の解決をお願いできないかって」
そうちゃんは何も喋らない。
ただじっと私の話を聞いている。
「実はさっきの時間、授業サボって部室におったんやけど。その時そうちゃんが私の疑いを晴らしてくれたことを言ったんよ。そういう経緯があって……お願いできんかな?」
私はそうちゃんを見上げるような格好で彼の表情を覗いた。
近くで立ち話をすると、いつの間にか目線が逆転していたのだと思い知る。
「しーちゃん」
彼がやっと声を絞り出した。
「はいっ!」
私は勢いよく返事をする。
「なんでさっき僕がしーちゃんを助けたか、分かる?」
「私が走って助けを求めたからやろ?」
「違うよ」
それっきり、彼は口を閉ざしてしまった。
「そうちゃんが乗り気じゃないのは分かるけどさ、でもさっき美波からびっくりすること聞いちゃって」
「びっくりすることって?」
左右を確認し、近くで盗み聞きしている人がいないことを確認すると、私は彼に耳打ちした。
「あのコーヒー、美波が荒木さんに渡したんやって」
驚いたそうちゃんが目を丸くしてこちらを見る。
「それってつまり……」
「ううん、本人はコーヒーを渡しただけで毒は盛っていないって言っとる。私も美波がそんなことする子やとは思えん」
「なるほど、今度は五十嵐先輩の無実を証明してほしいと」
うぅ、相変わらず勘が良い。
「無理だね」
そうちゃんが強く言い切った。
「そもそも、しーちゃんの時は運が良かった。男木刑事が手の内を明かしてくれたから、なんとか反撃の糸口を掴むことができたけれど、今回はそうじゃない。五十嵐先輩の無実を証明するのには――」
「――犯人を突き止めるしかない」
私は彼の言葉尻を拾った。
真犯人を暴き出すことができれば美波の無実は証明される。
乱暴な論理かもしれないけれど、これしか彼女を救える方法はない。
「やろうよ、そうちゃん! 真実を明らかにするのは新聞記者の役目だよ!」
「そう簡単に言っているけどさ、しーちゃん。そもそもここまで、僕たちには何一つ情報が与えられていないんだよ。男木刑事も鬼無刑事もさっきの件で、かなり苛立っているだろうから捜査に協力させてくれるとは思えない。つまり、今のままではどれだけ議論をこねくり回しても、全て推測の域を出ないんだよ」
そうちゃんの意見はもっともだ。
結局、確たる証拠となければ事件の解決は望めない。
それはまるで、素手で霧を掴むようなものだ。
「じゃあ情報が手に入るなら、そうちゃんは事件を解決してくれるんだね?」
私は俯きながら、怒り調子で彼に反論した。
「もちろん。それができるならね」
その言葉を聞くと、私はスマホを取り出した。
胸ポケットから名刺を取り出して、そこに書かれた番号に電話をかける。
二、三度呼び出し音がなり、相手の声が聞こえた。
「あー、もしもし。松鷹高校の紀野屋島です。突然ですが、取引をしませんか?」
そうちゃんが誰と話しているのかと不安そうにこちらを見ている。
私はそんな彼のことを無視して、電話口の相手と話を進めた。
「はい、そうです。事件の情報をいただけたら、その見返りに御社に事件解決までの連載記事を提供します。えっ、誰が書くんだって? 私ですよ、うちの新聞部舐めないでください……えっ、だめなんですか? じゃあ草稿って
電話を切ると、心配そうにこちらを見つめている彼に向かってピースサインを送った。
「これで情報は手に入った。さぁ、そうちゃん。探偵になる時間だよ!」
彼は降参とばかりに両手をあげた。
そうちゃんが謎を解いてくれるなら、私はなんだってする。
私こそが探偵・藤塚荘司の最良のパートナーなのだから。
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