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結論から先に言えば、私は二時間目の授業も放棄した。
このままじゃ完全に健康優良不良少女だ。
けれど美波からあんなカミングアウトをされた後で授業に集中できるほど、私は鈍感じゃない。どうしても事件の真相が気になってしまうではないか。だからそうちゃんの手を引っ張って、再び新聞部の部室に戻ってきたのだった。
「それで、この人は誰?」
そうちゃんが眉間に皺を寄せて向かいに座る人物を睨んでいる。
「さっき私が電話していた人」
「どうも、四国通信社の十川です」
机の上に置かれた名刺をじーっと見つめる彼。
やはりその名前が引っかかるのだろう。
「十川さんは、十川先生の弟さんなんやって」
私が代わりに紹介をする。
十川記者は照れ臭そうに笑った。
「藤塚荘司くんですね。お姉さんのことは存じていますよ」
今度は狡猾に満ちた笑みを浮かべる彼。
一方のそうちゃんは「そうですか……」とどこか冷めた口調だった。
「やはり血は争えないですね、今朝も大活躍だったとか」
「別に」
「先程、紀野さんから取引を持ちかけられた時はどうしようかと思ったのですが、藤塚綾歌の弟がついているなら乗るしかない! ということで私も一枚噛ませてもらいますよ」
「姉は姉、僕は僕です。過度な期待はよしてください」
相変わらずニヒってるなぁ、と私は二人のやりとりを傍観して見ていた。
まぁ、無理もない。
彼はこの世に生を受けた瞬間から藤塚綾歌の弟として生きることが宿命付けられ、藤塚綾歌の弟として死ぬことが運命づけられている。
例えそれが彼の中で受け入れ難いことであっても血の繋がりは一生消えないし、どれだけ頑張ったところで生まれた順番を覆すことはできない。
そりゃニヒリストにもなっちゃうよ。
今更になって、この組み合わせはミスマッチだったかなぁと私は思い始めた。
「じゃ、じゃあ自己紹介も済んだところでそろそろ本題に入ろうか」
自然と進行役になった私がそれとなく話を進める。
「まずは――」
「まずは、五十嵐先輩の件についてだけど」
そうちゃんが話を遮った。
「おそらく五十嵐先輩はシロだ。しかもそれだけじゃない。彼女の勇気ある証言のおかげで犯人をあらかた絞り込むことができた」
「えっ!? なにそれ、どういうこと!」
私は隣に座る彼の方に向くと、顔をぐいっと近づけた。
「ちょっ、近い……」
顔を逸らすそうちゃん。
「あぁ、ごめん、ごめん。つい興奮しちゃって」
私は身体を起こして、居住まいを正す。
そのやりとりを見ていた十川記者は、頬杖をつき「ふーん」と声を出した。
「それで、美波が犯人じゃないってどうして分かったの?」
「簡単なことだよ。現場に残された缶に彼女の指紋が付いていないからだ」
「あっ……そっか。もしあの缶に誰かの指紋が付いていたなら、昨日の時点で現行犯逮捕されとるもんね」
どうしてそんな単純なことに気がつかなかったんだろう。
荒木さんに缶コーヒーを渡したのなら、その時に彼女の指紋が付着しているはずだ。
「でも昨日の時点で警察は誰も逮捕しなかった。ということは……」
「そう、あの缶から犯人の手がかりとなるものは残っていなかったということだ」
私は胸を撫で下ろした。よかった、やっぱり美波を信じてよかったと。
けれどすぐに新たな疑問が生まれる。
「ということは、美波のあの証言は嘘なん?」
「自分の不利益になる嘘を付いてどうすんだい?」
「誰かを庇うため、とか……いやないか」
殺人の濡れ衣を着てまで守りたい他人なんて、家族くらいだ。
いくら友人に頼まれても、二つ返事で了承できるような話ではない。
「じゃあ美波の証言は本当だとして、荒木さんはどこで毒を盛られたんやろか。缶の飲み口には唾液が付いていたんやろ?」
飲み口には被害者の唾液が、しかしボトルの胴体には誰の指紋も付着していない。その奇妙な矛盾が、私の心の中に引っかかっている。
「犯人がすり替えたんだよ。缶は元々二つ用意されていた。五十嵐先輩が手渡したのとは別にニコチンに汚染されたものをね。缶をすり替えることくらい数秒の出来事だ。そしてそのタイミングは九時から九時半までの三十分間に絞り込める」
「待って、待って! どうして犯行時刻をそこまで絞れるん? それに缶が二つあったって話も。いや、それ以前に毒を仕込んでおいて、何も知らない美波に運ばせた可能性は?」
私は髪の毛を掻きながら、何とか自分の感じる違和感を言葉にする。
「ありえない」
けれどそうちゃんはそれをいとも容易く否定した。
くそぅ、簡単に言ってくれちゃってよぅ。
「そこまでいうなら、聞かせてもらおう」
「ゴムボートに残されていたコーヒーの容器は金属製のボトル缶だった。プルトップを起こして開けるものではなく、蓋を回して外すタイプ。ボトル缶は最初に開封する際、蓋と胴体との接合部が切り離され、リングになってネックに落ちることで封が切られる仕組みになっている」
「うん。たしかに蓋を最初に回す時は少々力を掛けないと開かんね。二回目以降はスムーズに開けられるのに」
私は頭の中で缶を開ける動作をイメージする。
「当然、毒を仕込むには一度缶を開けなければいけない。けれど差し入れで開封済みのものを渡すのは明らかに不自然だ。ならばどうするか――被害者に強烈な記憶を植え付けておけばいい。自分自身が缶を開けたという強烈な記憶をね。そうすればすり替えに気づくことはない――」
――たとえそれが毒入りだとしても、と彼は付け加えた。
「つまり犯人は、美波が荒木さんに飲み物を差し入れた事実を利用したってこと?」
「うん。そしてこのことから犯行時刻は五十嵐先輩が荒木さんにボトル缶を手渡した時刻から、出艇する九時半までの間に絞ることができる」
そうちゃんがふう、と息を一つ吐いて椅子の背もたれに深く身体を倒した。
それはまるで「これで証明終了だ」と宣言しているようだった。
けれど彼の隣に座る私は、何も言葉が出ない。まさかたった一つの証言からここまで論理を展開できるだなんて。
「本物だな……」
十川記者は自分に言い聞かせるように呟いた。
チャイムが鳴る。二時間目の授業が終わったのだ。
時計がないと、時間の感覚がすっかり抜け落ちてしまう。
「さて、じゃあ行こうか」
休憩を終えたそうちゃんが立ち上がる。
「行くって、どこに?」
「視聴覚室。ヨット部がミーティングをするんだろう? 丁度いい、僕もみんなに聞きたいことがある」
「あぁ、待ってよ……。じゃあ十川さんはもう帰っていいよ。それとさっきのことは三人だけの内緒だからね!」
私は部室を出る直前に振り返って十川記者に釘を刺すと、そうちゃんの後を追った。
まったく、謎解きに前のめりになってくれるのはいいことだけど、少しは助手のことも大事にして欲しいんだゾ!
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