2
「そう! 私が殺したんやなんかって疑われて、学校中を追い回されたんやから」
私は十川記者に買ってもらったハーゲンをスプーンで少しずつ掬いながら、つい数時間前に怒ったことを語り聞かせた。
さすがに「お前の兄貴も私のことを追いかけ回したんだぞ!」とは言わなかった。どうせ言ったところで身内の不祥事を記事にはしてくれない。
これは私の特ダネだ!
「まぁ、そうちゃんが私の無実を証明してくれたから連行されんと済んだけど」
「そうちゃんって?」
「あぁ、同じ新聞部の後輩。藤塚荘司っていうんよ。それでそうちゃん」
「藤塚、ねぇ……」
彼の苗字を出した瞬間、十川記者は何か含むような顔をした。
私たちは角を曲がって、学校の正門が面する通りに出る。
するとすぐ近くに見慣れた二人組が立っているのが見えた。
「おや、噂をすれば」
十川記者は楽しそうに彼らに向かって手を振った。
「うーわ、最悪や」
一方、私は彼らとの二回目の邂逅に心が沈んだ。
向こうも私たちの姿を認めたのか、ゆっくりと歩いてくる。
「聞きましたよー、藤塚の弟に一杯食わされたんですって?」
十川記者が開口一番に二人を挑発する。
「まったく、
男木刑事はこちらをジロリと睨んだ。
私はなるべく目を合わせないよう気をつけながらアイスを口に運ぶ。
「ところで君たち、授業はどうしたんだ」
男木刑事の隣に立つ鬼無刑事が尋ねた。
「美波の気分が乗らないみたいやったから、サボりました」
私が何食わぬ顔で答えると、美波は「ちょっと、きーちゃん!」と声を上げた。
「困りますなぁ。まだ犯人が捕まっていない状況なんです。それにあなたも、関係者との不用意な接触は避けてください」
鬼無刑事は私たちの隣に立つ十川記者に向かって注意した。
「それは刑事としての意見ですか? それともPTAとしての苦情?」
「PTAって?」
「あれ、二人とも知らないの? 鬼無刑事の娘さんもこの学校の生徒なんだよ」
「「えーっ!」」
私と美波はまた同時に驚嘆した。
「まぁ名字は違うんだけどねー」
彼は左右の小指をクロスさせ、そして大袈裟に離した。
それが何を意味しているのかは大体分かった。
「おい、人のプライベートを勝手にペラペラと漏らすな」
鬼無刑事が眉間に皺を寄せた。
もしかしたら触れられたくない過去なのかもしれない。
「ひゃー、怖い、怖い。よかったですね娘さん、母親似で。鬼無刑事の遺伝子に寄ってしまったら十代でおでこがシワシワだ」
十川記者の軽口が止まらない。
本当にあの十川の弟なのか? 性格がまるで正反対だ。
そもそも兄とは違って神経が図太い方から記者になったのか、それとも記者だから神経が図太くなったのか……果たしてどっちなのだろう。
「それでどうします、鬼無刑事。一緒に父兄参観といきますか?」
「なにバカ言ってんだ! これから捜査会議だ」
「そうですか。じゃあ僕は記者会見に行ってきまーす」
十川記者はカバンの中から『四国通信社』と書かれた腕章を取り出すと、安全ピンで袖に留めた。
「十月の文化祭は一緒に回りましょうね〜」
「誰がお前なんかと」
十川記者はそそくさと体育館の方へ向かう。
それを見届けると、鬼無刑事はまたこちらに振り返った。
「君たちも、もう戻りなさい」
そう言って鬼無刑事と男木刑事も去っていった。
「どうする、きーちゃん?」
「うーん、お昼休みまでまだ三十分はあるねぇ」
とはいえ、この暑さの中でずっといるのは危険だ。
熱中症になってしまう。
どこか涼しい場所はないだろうか……。
「そうだ、部室! 新聞部の部室ならクーラーもあるよ」
「でも鍵は? 部長か顧問の先生が管理しとるんやない?」
「大丈夫、大丈夫」
私たちは校内を巡回する事務員に見つからないよう抜き足差し足で部室棟に向かった。
部室棟は運動場のトラックを挟んで北館の向かいにある。
幸い、体育の授業は行われていない。
私たちは直線距離で部室棟まで駆け抜けた。
三階建ての部室棟は、一階が体育倉庫や非常用の備蓄庫として使われている。
二、三階は六畳程度に区切られた小部屋が並んでいて、各部活に一部屋ずつ割り当てられている。我らが新聞部の部室は三階の一番右側にある。
「それで鍵は……」
扉の前に到着した美波が心配そうに尋ねる。私はドアのすぐ近くにあった植木鉢を持ち上げ、植木鉢の底に両面テープで貼り付けられた鍵を剥がした。
「えぇ……不用心だよ」
「別にウチの部、盗られて困るもんとかないし」
紙とペンのさえあればどこでも記事は書ける。
じゃあなんで部室が必要なんだとは聞かないでくれ。
編集会議とかでちゃんと使っているから! 月1だけど。
「でもカメラとかは? 藤塚くん、昨日ハーバーに持ってきとらんかった?」
「あぁ。あれはそうちゃんの私物。みんな自前のカメラ持っとるけん」
「じゃあ、きーちゃんもカメラ持っとるん?」
「いや。だって全部そうちゃんが撮ってくれるし」
その返答に、なぜか美波が呆れ顔をしていた。まあいいか。
私は鍵を挿して反時計回りに回す。カチリと錠が開く音がした。
そしてドアノブを捻り、扉を開ける。
「ようこそ新聞部へ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます