<第2章> それでも彼女はやっていない

 翌日の月曜日には、事件のことはとっくに知れ渡っていた。

 学校の正門近くでは地元紙の記者やテレビ局のスタッフが詰めかけている。学校側も教師を門の前や敷地の角に配置して、マスコミが生徒たちを下手に刺激しないよう対応していた。

 それでもなんとかインタビューを試みようと報道陣はマイクを向ける。正門前で特に「後で記者会見をしますから」と何度も叫んでいる教頭先生は、格好の的だった。まるで政治家のぶら下がり取材のごとく四方をマイクで囲まれている。

 そんな大きい声を出すから余計に囲まれるんだぞ。


「ひえー。やっぱり本物のマスコミは貫禄が違うなぁ」

「まぁ、高校で殺人なんてセンセーショナルだからね」


 一緒に登校したそうちゃんは、まだ少し眠たげだ。


「それよりも、しーちゃん」

「ん? なに?」

「何かあったらすぐに呼んでね。誰が犯人かは分からないけど、しーちゃん一人くらいなら守れると思うから」

「えっ……」


 おい、目覚めの不意打ちは反則だぞ!

 ちょっとカッコ良いかも、って錯覚しちゃったじゃないか。


「それって昨日言っていた、美波がシロとは限らないってこと? まぁ気をつけとくよ」


 とは言ったものの、私は彼女が犯人だとは全く疑っていない。

 あくまでも彼女にそんなことができるはずないという希望的観測に過ぎないけれど。


「いや、。……まぁいいか」


 彼は私から少し視線を外して後ろの方を見た。

 それに気づいた私も振り返る。

 美波が少し俯きながら歩いていた。

 その姿はまるで何かに怯える小動物のようだ。

 私はそうちゃんに手を振ると、彼女の元へ近づく。


「み、美波……おはよう」


 やっぱりどう接すればいいのか、私自身まだ少し距離感を把握できていない。

 いつものようにハイテンションでくっつきに行くわけにもいかないし、かといってあまり気を使いすぎるのはきっと美波も嫌だろう。

 思いやりに気が重い……。


「あぁ、きーちゃん……。おはよう」

「大丈夫、美波?」

「うん、平気だよ」


 美波は両頬を必死で動かして笑顔を作る。

 無理をしていることくらいすぐに分かった。

 分かっていてそれに気がつかないフリをした。


 美波たちが昨日まで当たり前に思っていた日常が、戻ってくることはない。荒木さんは生き返らないし、たとえ事件が解決しても仲間を疑い合ったきずが消えることはないだろう。下手したらこのまま空中分解してしまうかもしれない。


 それでも私だけは、彼女にとっての変わらない何かで在り続けたいと思っている。気休めに過ぎないかもしれないけれど、それが友達の務めだ。

 だから彼女がはっきりとSOSを出すまでは、そっと見守ることにした。


「そういえば今日の古文、小テストするらしいけど……」


 私はどうでも良い話題を引っ張ってきてキャッチボールを始める。

 美波も少しずつ言葉を返してくれる。

 うん、これでいい……。

 正門をくぐると、さっきまでの喧騒が嘘のように聞こえなくなってしまった。

 教室に入ってすぐ、クラスメイトから向けられた好奇な目も全て見なかったことにした。私は彼女の手を引っ張るように通路を進み、彼女を席に座らせる。


「お昼、一緒に食べようね」

「うん……ありがとう」


 私は頷いていつものように笑うと、自分の席についた。

 カバンを机の上に置き、一つ息を吐く。


 さっきは格好つけてなんだかんだ語っちゃったけれど、本当はこうして美波のそばにいることで彼女は犯人じゃないって自分に暗示をかけているだけじゃないのか?

 いや、違う。そんなはずない。

 私はブンブンと首を激しく横に振った。

 まったく、それじゃあ私もここにいる奴らと変わらないじゃないか……。

 反省、反省。


 カバンの中から教科書を出して机の中にしまっていると、すぐに担任の十川がやって来た。

 昨日も見た顔だけど、今日はその長い顎を見るとなぜか安心した。


「みんなおはよう。全員来ているな」


 彼は出席簿を開いて周りを見渡し、出席の確認を始めた。

 こちらを見る時だけ、少し瞬きが多かった気がする。

 はて、何か用でもあるのか?

 私は首を少し傾げた。


「それじゃあ廊下に並べ。委員長、あとは頼むな」


 私たちの高校では、毎週月曜日の朝に全校生を集めた集会がある。いつもなら当たり障りのない校長先生の話だとか、生徒指導の先生の交通マナーに関する注意が主な内容なのだが、今日はおそらく昨日の事件についての説明がなされるだろう。

 周りの生徒たちもそれを悟っているのか、今日は誰も愚痴をこぼさなかった。


「あぁ、紀野」


 席を立ち廊下に並ぼうとした私を、十川が引き止めた。


「なんですか?」

「ちょっと一緒に来てくれ」


 他の生徒が体育館に向かう中、私は先生に連れられて別の場所へ向かった。

 着いた先は、校長室だった。十川がノックしてドアを開けた。


 手前は応接セットが置いてあり、奥には執務用の机と椅子がある。ごく一般的な作りの校長室。その中に特異な存在が混ざっていた――刑事の鬼無と男木だ。

 ソファーに腰掛けていた二人は、私と十川が入って来るのを見ると立ち上がった。


「おはようございます、紀野屋島さん」

「おはよう、ございます」

「すいませんね、こんな朝早くに」

「いえ……まぁ。それで何か私に用ですか?」


 すると先ほどまでビジネススマイルを浮かべていた鬼無刑事は、顎を引いて表情を硬らせると、隣にいる男木刑事に顎で何か指示をした。

 合図を受け取った男木刑事が告げる。


「紀野屋島さん、任意同行を願います」


 …………。

 ……………………。

 …………………………………………はい?

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