僕らの勉強会

於田縫紀

僕らの勉強会

 夏休みも間近な7月の木曜日。

 帰りの会終了後。

「今日は鈴木、塾無いよね」

 佐藤にそんな事を聞かれる。

「そうだけど」

 少しの期待と同じくらいの危機感を感じつつ僕はそう答える。


「なら今日遊びに来られる?」

「わかった」

 それだけの会話だ。

 でも僕は一瞬自分の顔が赤くなったような気がした。

 意識していつも通りを装うけれど。


「おっと鈴木、今日は佐藤とデートか?」

 塾に通い始める前はよく遊んだ北島にそんな事を言われた。

 無論北島も本気じゃないことはわかっている。

 いわゆる定型のご挨拶みたいなものだ。

 でも一応言っておこう。


「佐藤とデートって本気でそう思うか?」

「思わん。それで実際は?」

「単なる勉強会だけれど参加するか?」

 奴は苦笑する。

「止めとく」


 佐藤はこのクラスではガリ勉系の変わり者と見られている。

 学校に数人いるような勉強でも体育でも習字でもなんでも出来る優等生ではない。

 勉強だけが出来るタイプ。

 なおかつ学校では無口で無表情。

 男子の一部にはガリ婆と呼んでいる連中もいる。

 女子の友達もそれほど多くない。

 本人は全く気にしていないけれど。


 そんな訳で僕は家に帰った後、ディパックに偽装用の問題集を入れて部屋を出る。

「出かけてきます」

「何処へ?」

「佐藤の家へ。算数の勉強会」

「夕食までにかえってきなさい」

「はいはい」


 何故か成績がいい奴を教師や親は信用する。

 成績と人格が比例するという訳でも無いのに。

 そして佐藤も僕も成績だけはトップクラスだ。

 だから何の疑問もなくうちの親も僕を送り出してくれる。

 何をしているか知ったら大問題になるだろうな。

 そう思いつつ僕は自転車を走らせる。


 佐藤の家は駅の近くの背が高いマンション。

 自転車で行けば10分もかからない。

 裏側にある来客用の自転車スペースに801と書いた札を挟み鍵をかけて駐輪。

 エントランスへ行きオートロック横のボタンを押す。

 向こうから呼びかけはないがそれは気にしなくていい。

 相手が子供だとわかると標的にされるとかでこうしているのだ。

 佐藤の家は両親とも働いていてこの時間はいないしな。


「鈴木です」

「開ける」

 横の扉の鍵がカチャッと鳴った。

 扉をあけて入りすぐ閉める。

 この辺は念の為という奴だ。

 エレベーターで8階まで行き、降りた先の廊下を右へ。

 奥の扉、801と書かれた番号札の向こう側が佐藤の家だ。


 番号の下にあるインターホンのボタンを押す。

「開いてる」

 玄関扉の把手を握って引くと扉が開く。

 向こう側は誰もいない。


「佐藤、何処だ?」

「私の部屋」

 玄関から見て正面廊下奥から声が聞こえた。

 という事はもうアレだな。

 僕はそう思いつつ玄関扉の鍵を閉め、靴を脱いで揃えて廊下を奥へ。


「入るぞ」

 そう言って開けたら、やっぱりだ。

「鍵を開けたままその格好だと不用心すぎるだろ」

「鈴木がエントランスからインタホンした後、鍵を開けた」


 佐藤は全裸でベッドに腰掛けて僕を待っていた。

 ちなみにカーテンも開いていて窓の外が見える。

 ここは8階だから外からのぞかれる心配は無いけれど。


「鈴木も早く脱ぐ」

「はいはい」

 僕は背負っていたディパックを下ろし、靴下から順に服を脱いでいく。


 ◇◇◇


 僕と佐藤とのこの関係は小学1年の夏から。

 やはり佐藤に家に遊びに来てと誘われ、遊びに行った時だった。


「あれ佐藤、お母さんは?」

「両方仕事。帰ってくるのは夜7時頃」

 そんな話をしながら佐藤の部屋に案内された後。

 カーテンとかシーツの柄とかが女の子の部屋だな。

 そう思った僕はいきなり言われたのだ。 

「鈴木、チンチン見せて」


「何で」

 思わずそう聞いてしまった。

「女子と男子ってあそこが全然違う。でもじっくり見た事が無い。だからどうなっているのか見たい」

 佐藤は何でもない事のように返答する。

 ここで恥ずかしいから嫌という訳にはいかない。

 そう意地を張ったのが失敗だった。


「いいけれど佐藤も見せろよな」

「わかった。一緒に脱ぐ」

「ズボンとパンツだけでなく全部脱ぐのか」

「全部」

 場の勢いというやつだ。

 いっせいのせで一緒に脱ぐ。

 当然シャツもパンツも全部。


 今思うととんでもない事をした。

 だが当時はまだ小学1年。

 常識より意地と勢いが勝ってしまったのだ。

 

 そんな訳でお互いの股間を見るだけでなく触ってじっくりと観察。

「本当だ。おしっこの出る棒と、後ろの袋の中に玉が2つある」

「佐藤のは線だけだな」

「中に穴がある。でも自分ではよく見えない」

 お互いじっくり観察した後。


「ところでなぜ僕を家に呼んだんだ?」

 僕は気になったので佐藤に聞いてみた。

「同じ歳の男子のを見たかった。鈴木なら他の人に言わないと思った」


 見せあいはその時だけで終わらず続いた。

 不定期だけれどだいたい月に1回くらいの割合で。

 性器をネットだの百科事典だのの図だの写真だのと見比べたり。

 保健体育の授業で習った部分を実際に確かめてみたり。

 漫画の描写のように裸で抱き合ってみて、

「これってごつごつしているし気持ちよくない」

「大人になるともう少し肉がついて気持ちよくなるのかな」

と確かめてみたり。


 佐藤がそうするのはエロい興味ではない。

 知りたくなった事を調べずにいられなかっただけだ。

 他の事についてもそういう傾向が佐藤にはある。


 ただ4年くらいからは僕も恥ずかしくなってきた。

 でも佐藤が平然としているから何も言えない。

 結果的にそんなこんなで6年の今までこれが続いてしまっている。

 これが僕と佐藤の現状だ。


 ◇◇◇


「それで今日は何を調べるんだ?」

 たいてい佐藤は事前に何をしようか決めている。

 例えばネットで見た大人の性器と比べて違いを見てみるとか。

 ネットの医学情報を元に僕達の体が正常なのかを確認するとか。


「最近クラスの男子がこそこそ話している。誰が胸が大きくなったとか」

 確かにそうだなと僕も思う。


「そういった事に関心が出来るのは理解可能。生めよ増やせよは生物の本能だから。でも私自身はいまひとつわからない。だから私や鈴木もそういった事に関心が出来るのか、その関心ってどんなものなのか、直接見て触って確かめてみたい」

 そう言って佐藤はマウスから手を離し、立ち上がる。


「私の胸は西野とか荻原に比べるとまだ全然。だから見るだけでなくしっかり触って確かめて」


 見せるだけじゃない。

 佐藤は僕の右手の手首をつかみ、そのまま自分の胸にあて、3回ほど胸の感触を感じさせるように押し当てる。

 さらに僕の右手をそのまま下、股間まで滑らせる。


「触ったり揉んだりして感じて。何か特別な何かを感じる?」

 そこまでする必要も無いけれど言われたからには。

 僕も仕方なく佐藤の身体、胸やそのまわり、お尻、性器と触れてみる。


 ガリ婆なんて言う奴もいるけれど、佐藤の顔そのものは結構調っている。

 綺麗とか美人とかいってもいい。

 無表情とも言われるが付き合いが長い僕には表情の違いもわかる。


 確かに佐藤の胸はそのものはクラスの中でもきっと小ぶりな方。

 ネット上の画像とは比べるべくもない。

 でも形は綺麗だ僕は感じる。

 肩から腰、お尻にかけての身体の線もやっぱり綺麗だ。

 ネットのエロ画像よりよっぽど危ない気持ちになる。

 少なくとも僕にとっては間違いなく。


「性的に興奮しているのは確かだと思う」

 意識して冷静を装った台詞で返答。

 実際僕のちんちんは硬くなっている。

 医学サイト風に言うと陰茎海綿体に血液が流れ込んだ状態だ。


 勃起状態を見られるのははじめてではない。

 最近は毎回だ。

 出てきた精液をプレパラートにとり、この部屋にあるパソコン接続型の顕微鏡で精子を観察した事もある。

 それでも勃起したところを見られて恥ずかしくない訳じゃ無い。

 実は無茶苦茶恥ずかしい。

 佐藤が恥ずかしがらないから僕も気にしていないよう装っているだけ。


 佐藤も僕の身体、陰茎の硬さまでしゃがんで握って確認。

 恥ずかしい以上に危険な感じだが何とか僕も堪えきった。


「私もそう。乳首が硬くなっている。でもだから何をしたいとかは特に感じないというかわからない。場所によっては気持ちいいとも感じるけれどそれ以上じゃない。鈴木は何か感じる?」

「もっと触ったりエッチな事をしたいと思う。更にちんちんに刺激を与えて精液を出してしまいたいと思う」


 正直に言うのは恥ずかしい。

 でもこの場では恥ずかしがる方が恥ずかしい気がする。

 だから正直に答える。


「そう思う? 違うのは男女差か。私と鈴木の個体差か」

「そこまではわからない」

「当然。調べようがない」


 そう言って、それから佐藤はベッドの上へ。

 上向きに横になる。

「あと今回もこの部分をネットに出ている図面と比べて欲しい。何かおかしいところがあるか。自分だとよくわからない」

 

 最近、毎回これを頼まれる。

 でもこれって女子的にはどうかと僕は思う。

 でもそもそも今やっている事全てが女子的にというか問題行動だろう。

 他に知られたら完全にアウトだ。


 でも仕方ないから僕もベッドの上にあがる。

 そして佐藤の足を広げて間に入り、顔を近づけ、佐藤の足の間の部分を少し指で開いて確認する。

 白い肌で毛はまだ生えていない。

 広げた内側は綺麗なピンク色だ。

 

「特に問題はないと思う。普通に図の通りだ」

 手で直接触るだけではない。

 もっと変態的な事まで色々したいと思ってしまう。

 前はそういった行為なんて汚いと思っていた。

 でも最近はそうする気持ちがわかる気がする。

 更にはその先、舌でも指でもない物をいれる行為の事まで。


 セックスについては僕も佐藤も当然知っている。

 保健体育の教科書にずばり書いていなくともネットで調べればすぐわかるのだ。

 ネットの動画では行為中に変な顔をしたり声を出したりしている。

 でも気持ちのいい事ではあるらしい。

 生物の本能としては当然だ。

 生めよ増やせよの為には気持ちいい行為であった方がいいだろうから。


 でも今ここでやってしまう訳にはいかない。

 リスクが大きすぎる。

 佐藤は先月初潮が来た。

 まだ周期が不安定だから安全な日なんてのはない。

 中に出さなければなんてのが俗説だという事も勉強済みだ。


 でもこんな状態だと……

 ついやってしまいたいという気持ちになるのは避けられない。

 必死に自分を抑えている状態だ。


 もし万が一、事故が起こって失敗したら……

 そうなった場合でも佐藤は僕のせいだと絶対言わないだろう。

 相手が僕だという事すらきっと言わない。

 こいつはそういう奴だ。


 でも佐藤の人生がそれでおかしくなってしまうのは嫌だ。

 だから必死に我慢する。

 これ以上触ってみたいとか思う気持ちも必死に堪える。

 そうしないと次々に変態的な事を考えて、そしてやってしまいそうだから。


「ありがとう」

 その言葉で僕は逃げるようにベッドを出る。


「でもこの部分、生の内臓みたいで気持ち悪くない?」

「そうは感じないけれどな」

「でも逃げたように見えた」


 確かに逃げたのだが理由が違う。

 こうなったら仕方ない。


「ああいう場所を見ると性衝動を抑えきれなくなるような感じになる。出来れば今後はやめて欲しい」

 言ってからしまったかなと思う。

 これで佐藤から敬遠されるようになったら悲しいから。


 でも佐藤の表情は変わらない。

 いやこれは少し笑った感じかな。

 そんな佐藤はベッドから起き上がりながら僕に尋ねる。

「気持ち悪いとは感じなかった?」

「それは間違いない」

「ならいい」


 佐藤がベッドに腰掛ける姿勢になったので僕も横に並んだ形で座る。

 あとは話をしながら終わりかな。

 ちらちら佐藤の胸を見てしまいながらそんな事を思った時だ。


「男子の性衝動を抑えるには精子を出せばいい筈。手伝う」

 佐藤がとんでもない提案をしてきた。


「常識的に駄目だろう」

「今更常識というのもおかしい。それに精子の観察の時に経験済み」


 確かに前に精子の観察をした時。

 出すためにベッドの上に押し倒されたあげく、佐藤の手でしごかれてしまった。

 あれは正直危険だった。

 もう少しで佐藤の身体をエロい気持ちで触ったりしてしまいそうだった。


 でもそれをやったらもっとエロい事をしたくなるし止められなくなる。

 あの時我慢するのは非常に厳しかった。

 もうあのミスは繰り返したくない。


「僕だって男子なんだからもう少し危機意識を持った方がいいと思う」

 言ってからしまったと思う。

 これじゃ僕が危険だと言っているようなものだ。

 確かにその通りなのだけれど佐藤に拒否はされたくない。


 でも佐藤は平然としている。

「鈴木は信用しているから大丈夫。逆にそうなったらきっと私のせい」

 確かにきっと佐藤の行動のせいだろう。

 でもそれでもだ。


「誰のせいでもまずい事はまずいだろ」

「わかった。可能な限り善処する」

 つまり何も考慮しないという事だ。

 佐藤は僕相手にはこういった語彙が多彩だ。

 学校では無口キャラの癖に。


「出してもいいように風呂で洗い合う?」

「風呂入ったら家に帰った時匂いで気づかれるだろ」

 以前それで家でヤバい思いをしたことがある。

 あのときは何とか誤魔化したけれど、同じミスは避けたい。


「でも鈴木のここ、まだむけない。包茎をなおすには性行為か自慰行為で亀頭に刺激を与えるんだよね。なら性衝動を抑える意味でも手伝うのが合理的」

 またこの方向に話が戻ってしまった。


「だから手伝わなくていいから。汚れるから」

「でも今の状態もちゃんと確認したい」

 佐藤の手が僕の股間に伸びる。

 捕まってしまった。

 とっさに逃げようとしたが前に回り込まれた。

 佐藤が僕の前、両足の間にしゃがみ込んだ姿勢になる。

 ベッドのマットと佐藤に挟まれて僕は逃げられない。

 

「大きくなっても皮は結構動く」

 そんな事を言いながら佐藤は僕のちんちんをこしこしする。

 しかも手を動かしつつ観察するためか顔を近づけている。


 確かに気持ち良くない訳じゃない。

 でもこれはあくまで佐藤の身体と僕の身体を観察する場。

 気持ちよくなったりエロい事を思ったりするのは反則だと思うのだ。


「そういえば最近、鈴木のちんちんが小さくなった状態を見てない。出して小さくなれば一石二鳥。小さい状態で皮がむけるかも見てみたい」

「ここで出したら汚れるだろ」

「拭いて換気すれば大丈夫。私は裸だから洗えばいい」


 もう何か本当に何というか……

 これって客観的に見ればエロ動画によくある体勢だ。

 佐藤の顔がが僕のちんちんのすぐ前にあるところも、その下に乳首が立っているのが見えるところもエロすぎる。


「どうやれば出る? 鈴木、何かあったら教えて」

 いや充分気持ちいいから。

 だから……


「鈴木も乳首が立っている。ならこっちも」

 佐藤の左手が僕の右乳首に伸びる。

 びりっとした衝撃が僕を襲った。

 あ、まずい!


 ◇◇◇

 

「小さくなってもまだむけなかった」

 ティッシュで拭いて一部風呂場で流した後、服を着ながら佐藤は言う。

「まだ早いんだろ」

「だね。まだ毛も生えていない、私も」

 そうエロく感じる台詞を不意に言わないで欲しい。

 佐藤自身は無自覚なのだろうけれど。


「あと出してもすぐ大きくなった。出せば小さくなると書いてあったのに」

 そう言われても困る。

「この状況だと仕方ないだろ。お互い裸なんだし」

 性的興奮とやらが収まる状況に無いのだ。


「私以外の裸でもこうなるかな?」

 おい待て佐藤、危険な事を言うな。

 一瞬他のクラスメイト、西野とか荻原の事を想像してしまったじゃないか。

 でもそれを佐藤に言うのもどうだかと思う。

 だから僕の返答はこうなる訳だ。

「試す方法は無いし試す事もないと思う。佐藤だけで充分」


「そっか」

 一瞬佐藤のわかりにくい表情に笑みが浮かんだように見えた。

 気のせいかもしれないけれど。

 

 服を着終わって毎回思う。

 僕はこのまま問題を起こさず何とか出来るだろうかと。

 来年1月には佐藤と一緒に中等学校を受験する予定。

 二人とも合格すればまたこの関係が今後6年間続くだろう。


 今の状態が普通に見て異常だというのは自覚がある。

 でも他の人だったらどうするのだろう。

 これも時々考えるのだ。

 でも佐藤の相手が僕以外というのは考えたくない。

 だから毎回そこで思考停止してしまう。

 何故と言われるとうまく説明できないのだけれど。


 だからきっとこの次も、その先もこの関係は続いてしまうのだ、きっと。

 それに実は僕自身、その事態を望んでいないわけでもない。

 だから余計に面倒なのだろう。

 何かの話の台詞によくある、『これも人生』という奴だろうか。

 僕は小さくため息をついた。

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