7話

貝のランプを借り、地底湖に沿ってさらに奥へと進む。


鍾乳洞の壁面には横穴が開いていた。広場のような横穴は入口が狭く、一見それとは気づかないが、薄黄色の乾いた岩壁をくりぬいた居住区のようになっており、部屋のアーチがいくつも並んでいる。湧水の水路も壁沿いに通るように設計され、一通りの用は済ませられる造りだった。


天井や壁は剥き出しの岩肌だったが、氷柱のような鍾乳石は垂れ下がっていない。床や台座のような家具の代わりになるスペースは丹念に研磨されており、平らに均されていた。


時折通る人々に使われているらしい部屋はさして汚れておらず、調理室には食器も置かれていた。炉端には燃えさしの枝も残っている。薄暗いことをのぞけば、一時の住居としては十分な設備だ。


「魚でも獲ってこよう。シオル、手持ちの食料はあるか?」

「パンなら残ってるけど……カイ、食えそうな魚だぞ? 頼むからな!」

「私も何か手伝います」


カイと宿の横穴を出て、メロウの地底湖へ向かった。


「メロウが住んでいるのに釣りをしても平気でしょうか……?」

「もちろん許しは得る。こちらも食うためだ、断られれば潜って貝でも獲ってこよう」


あの青々とした地底湖に潜れる。

空木もメロウのように泳ぎまわっていいのなら是非とも素潜りをしたかったが、それには裸にならなければいけないので心の内に秘めて諦めた。


「魚。少しならいい、貝食うならオレ獲る」

「ああ、頼む」


メロウはとくに難色を示すでもなく頷いてくれた。銛をカイに渡し、地底湖へ潜っていった。

湖でも居住区の外れなのか、メロウの姿はない。魚は大小、様々なな種類が群れをなしている。


「それにしても、綺麗な湖ですね」

「あまり美しさに魅せられてはいけない。稀に巨大魚が海から入ってくるらしいからな」

「巨大魚?」


底の見えない地底湖を覗きこむが、穏やかにメロウと光る魚が泳いでいるだけだった。


「食われないとも限らない。泳ぐのは諦めてくれ」

「お、泳ぎません。人の目がありますから……ところで、釣竿がありませんが?」


カイは枝も釣り糸も持たず、手ぶらで来ていた。


「いや、釣りではなくこれを使う」


メロウから預かった銛を握り、軽く上げて見せた。


「え、銛ですか?」


銛はどうやら戦闘に用いられる物とは違うらしい。かえしのついた専用の刃先がついている。

「離れていてくれ」


水中を見つめた彼は、投擲の姿勢をとる。

唖然としている空木にも構わず、銛を素早く全身で押し出した。


鋭く水中に潜った銛は身の大きな魚の腹に刺さる。

獲物が落ちないよう器用に銛の柄を引き、岩盤に魚を落とした。


「悪くない大きさだ」


魚は空木の腕の長さはあり、四人の食事を考えても十分な大きさだった。


「……こうやって、いつも魚を獲って食事をしているのです?」

「人里が遠い場所ではそうだな、魚だけではないが。時には兎や鹿を獲って肉を食う。君もやってみるか?」

「いえ……遠慮しておきます。やり方を見ていますね」


魚の群れは怯え、慌てて逃げようとしているが、泳ぎ逃げる横腹を銛が刺す。

空木も一芸を身につけるべきか考えている間に、カイは四匹の魚を獲り終えた。

宿に戻るとメロウが貝を届けてくれ、食事ができることに安堵したものの、肝心の火がなかった。


「魚は貰えましたが……火がないと焼けませんね。メロウも火は使わないでしょうし」

「ああ、火打石持ってるから大丈夫」


シオルは何でも入っている鞄から黒色の石と鉄の欠片を取り出した。


「……もしかして火をおこせたのですか?」

「そうだけど。何、寒かった?」

「私はてっきり、あの狭い遺跡の中で夜になったら、光もないし野宿するものだと……」

「松明代わりの枝を拾えなかったし、使いどころがなかったんだよ。ここには火おこしに使った枝も残ってるから問題ない。少しならオレも布くずを持ってるし」


カイが獲った魚を眺めながら、シオルは考え込んだ。


「魚か。焼くか煮込むか……シチューには具材が足りないからな」

「彼らが獲ってくれたばかりだ。焼かなくとも生で食えるぞ」

「いやあんたは不死だから腹壊しても死なないだろうけどさ、こっちは人間なんだよ! だいたい食が雑過ぎるんだカイは」


文句を言いながらも手慣れた様子で火打石を打ちつけ、火種を作っている。


「水質もわからないし焼くのが無難だろうねえ」

「火打石を使うところは初めて見ました。一から火をおこすのは大変なのですね」

「あんた火をおこしたことがないのか。どんな異界なんだ……?」

「奥にお酒みたいなのがあったけど、料理になら使えるんじゃないかい?」


部屋の隅に置かれていた小さな甕を森賀が抱えてくる。

宿に残っていた森賀とシオルは、部屋中の掃除と置かれている食料の確認をしていたようだ。


「林檎酒だ! よし、じゃあカイは皿と鍋洗い。あんたは俺と料理な。でかいあんたは寝床をつくろってくれ」

「でかいあんた……」


森賀は背中を丸くしながら上階にあがっていった。カイは慣れているのか黙々と湧水の方へ皿を洗いに行く。


シオルは火種を作り終わったのか、炉端に置いた微かな火に布切れや綿を置いて火を大きくしていた。


「魚捌ける?」

「いえ、捌いたことはないですね。というより、料理はあまり経験がないのです」


家庭科で料理は何度かやったが、魚を捌くほど複雑な包丁使いを要求されなかった。せいぜい野菜を切って、加工された食肉を煮込む程度だ。せめてレシピ本でも読んでおくべきだったか。


「あんた、良いとこの生まれに見えるもんな。じゃあカイが戻るまで、空いてる甕に貝を入れて砂抜きしてくれる? 湖の水なら海水が混ざってるからそのまま使えるはずだよ。鍋を洗い終わったら貝は並べておいて、香草切っておいて」


シオルは呆れることもなく、手際よく指示をしながらナイフの背で魚の鱗をとっていく。


「料理はいつもシオルがやっているんですね。寮の調理師さんみたいです」

「そうだよ。カイは放っておくと生で肉を食おうとしてもおかしくないから」

「冗談ですよね……?」

「だといいんだけどな……」


空木もナイフを借り、並んで作業していく。


「気になっていたのですが、どうしてシオルは鍵守になったのです?」

「どうしてって?」

「きっと今までも、平原であったような危険から蛇を守ってきたのですよね。そこまでする理由が、命をかける必要があるのですか?」


「理由はあるよ。カイにとっては、まあ、蛇は形見みたいなものだし。俺はまだ小さかった頃にセイラスに拾われて、育ててもらったからさ……他にやることもないし。もし俺がいなくなったら、カイは一人で蛇を守らなきゃいけない。でもあいつ、飯も作れないんだぜ。すぐにどこかで野垂れ死にだよ。放っておけないだろ、家族なら?」


シオルは小さな体に正義感と優しさを秘めていた。


「ええ、納得しました」

「上の階はそんなに汚れてなかったよ、ちょっと埃が積もっていたくらいかな。部屋がいくつかあるから、みんな足を伸ばしてゆっくり眠れそうだ」


階下に降りてきた森賀は埃っぽい布を持っている。布団の代わりに置かれていたらしい。

埃をはらうべく掛布と格闘している森賀に笑いが漏れた。


「なんだか火起こしといい、キャンプみたいで少し楽しいです」


そのうち飽きるとシオルには肩をすくめられた。

底の深い鍋に腹に香辛料を詰めた魚と貝を並べ、香草を散らす。鍋蓋を載せて火にかけ、食卓の掃除と飲み水を汲んでいれば料理ができていた。


魚と貝をシンプルに林檎酒で蒸し焼きにしたものだ。妖精にもらったパンもあり、十分な夕食だった。香辛料で味つけされた白身魚は柔らかく、寮の食事よりも美味しく感じられる。塩は振っていないはずだが、海水の混じりあった地底湖の魚は身に塩気があった。


「シャルトールならもっと材料を仕入れられるから何皿だって飯が作れるんだけどな。魚と貝は美味いけど」

「この料理もすごく美味しいですよ」


部屋にあった銀のフォークは歯が二本の珍しい形をしている。

身をほぐすより刺して食べるようだ。


「ああそうだ、もしメロウの歌が聞こえたら耳を塞げよ。でかいあんた、水底に連れ込まれるぞ」

「そういえば海外でそんな話を聞いたなあ。船の乗員を連れて行っちゃうんだったっけ?」

「歌で魅了されるそうですね。でもまさか、人間が近くにいるとわかっていて歌わないですよね……?」

「さあな、うっかり歌うかもしれないだろ。だいたい妖精ってのはそんなに優しい連中ばっかりじゃないんだ。与えなきゃ好きに家に住みつくし、滅多に出くわさないけど恐ろしいやつだっている。あんまり気を許すなよ」

「布団をかぶって寝ることにするよ」


食事を終え、片づけると空木は自分の寝室に火を運んだ。


横穴には地底湖の薄明かりが届かないが、通った人々が残した油がある。置かれた油皿に火を灯すと、歩くには困らない程度の明るさが室内を灯した。


壁には窪みが掘られ、ソファになりそうな細い窪みと、奥行きのある寝台があった。

干し草はないが、布団代わりに厚手の布が広げられている。あいにく横穴の宿には風呂がないようだが、疲れでいくらでも眠れそうだった。


寝室に備えつけられた収納に掛布がないかと探していると、入口をノックする音が聞こえた。


「明日の予定を話しておきたいんだけど、いいかな?」

「先生。どうぞ、入ってください」


森賀は壁に掘られた腰掛の窪みに空木と隣りあって座る。


「小梁川さん、慣れない旅なのによく頑張ったね」

「いえ、私は助けられてばかりで……一人では何もできなかったと思います」

「それは僕も同じだよ。だから、僕たちの役目は十分果たせたんじゃないかな」

「そう……でしょうか」


彼が言外に言わんとしていることがわかってしまい、空木は言葉を濁した。


「でも黒金の蛇は、野放しのままです」

「君たちは獣を倒してって頼まれただろう? でも何度倒してもキリがなかったじゃないか。あれじゃあ無理だ、どうにもできないよ。彼らにも事情があるのはわかるけど、僕らだって自分の生活というものがあるんだ。これ以上、僕の生徒を危険な目にはあわせられないよ」


妖精の樹洞を襲った黒金の蛇はまだ見つかってはいない。そのことが不安を残していた。


「それにね、あの獣だって他の妖精の差し金かもしれないじゃないか。僕が考えるに、きっと縄張り争いでもしているんじゃないかな。そういう戦いは、人間だってやるだろう?」

「妖精同士の争い……」


考えてみれば動物も縄張りを争うのだ、妖精があの美しい丘を守るために争っていてもおかしくはない。


「となると、僕たちが手をだすべきじゃないって思うんだ。明日の朝、ここを発とう。先生方も、親御さんも心配しているはずだよ。また冒険がしたければ、僕も協力するから……今回はもう十分じゃないかな」

「先生……」


森賀の声色には真剣な色が含まれていた。

いつも柔らかな雰囲気の彼だが、心底から本気で口にしているとわかった。

空木の心の底に常にある、諦観に支配された自分が頭をもたげた。この空木は逆らうことを知らず、従順で聞き分けのいい少女だった。


「戻るなら、俺はフィニステールを捨てて君と行こう。黒金の蛇はまだ見つかっていないが、蛇を守る役目の方が大事だ」


部屋の入口にはカイが立っていた。水桶を抱え、話を聞いていたのか空木を見つめている。


「……教師としては、生徒につきまとうのは見過ごせないな」

「俺は騎士として生きてきた。セイラスの遺した蛇を守ると誓いを立てている……蛇の意志がどうあれ、離れれば鍵守の役目を放棄するということになる。父の名と家名に泥を塗るような真似はできない」


ここでいい子である空木は従おうとするが、冒険を諦めていいのかという思いがよぎる。


「でもね、もうこちらに来てから二日は経っているし、ちょっとした外泊じゃすまない日数だ。明日にでも帰らないと、大事になってしまうよ。捜索願が出ていたら学院にも迷惑がかかるんじゃないかな?」

「それは……そうですね」


もしまた襲われたとして、死なない補償もない。カイとシオルが行動を共にするというのなら、彼らを守る決断をすべきだろう。

三人は静かに、空木の言葉を待っていた。


「もし……もしも、また妖精が黒金の蛇に襲われたら、私は悔やむと思います。どうしてそんなことをしたのか、本人に問い質したいのです。学院に処分を受けることになっても、父に見放されたとしても……私はここで投げだしたくはありません」


好奇心を隠しきれない言い訳のようでもあるが、空木の正直な気持ちだった。長年秘めていた、自分の我儘をようやく口に出すのは勇気のいることだった。


「先生はどうぞ、お戻りください。そして他の先生方には、私とは関係がないと……私のわがままにここまで付き合わせてしまって、申し訳なく思います」


森賀の厳しく細められた茶の瞳を見つめ、空木は心からの言葉と謝罪を口にした。

決意は変わらないと彼に理解してもらうために。


「まったく君は……」


困ったように癖毛をかき上げ、彼はしばらく黙り込み、口を開いた。


「こんなに異界の妖精と親しくして、妖精学者にでもなるつもりかい?」


予想していなかった返答に虚を衝かれたが、空木は首を振って答えた。


「いいえ、私は伝承者ではありません。ただこの世界を知りたいだけです」

「冗談だよ。僕が来た時は妖精なんて現れてもくれなかったのに、君は本当に不思議な人だね」

「出会えたのは引き合わせてもらったからです。たしかに、蛇の在り方は妖精学者に似ていると言えるかもしれません。それに、こちらの妖精は人に認知されているようですし、私達の世界ほど、稀な存在ではないと思いますよ」

「それもそうだね。こちらの世界じゃあ、妖精学者は多そうだ」


森賀は肩をすくめ、たしかにと歯を見せて笑う。

一足先に眠ると、彼は自分の部屋へ行ってしまった。


「カイ、どうしました? シオルは……」

「メロウのところだ。矢の代わりになる材料がないか聞きにな」


カイは水桶を空木の足元に差しだし、靴を脱がせた。


「自分でやります、汗もかいていますから……!」

「気にするな。明日も体を酷使するのだから、君は休んでいろ」


止めるのも構わず、彼は靴下を滑らせ脱がせてしまった。

肌を人に触られることなどほとんどなく、素肌のそれも足を男性の手に握られている状況に緊張と恥ずかしさを感じた。


彼の手が触れている指先の感覚が鋭敏に感じるのは、気のせいではないだろう。


「妖精の風呂には敵わないが、炉で湯を沸かせる。あとで体の汗を拭うといい。ここは冷える」

「……はい」


カイは空木の足先を水に湿らせた布で拭いながら揉みほぐした。

指先が心地よく、足の痛みがやわらぐのを感じる。


「その、私の歩調では遅かったでしょう。ゆっくり歩かせてしまって、道中もどかしくありませんでしたか?」

「誰にも初めてはある。旅をしていけば慣れるだろう」


まるで気にしていないという言いぶりに、空木は少しだけ安心した。戦いは難しく、なんとか切り抜けた程度だが、せめても移動は彼らに劣らないようにしたかった。


脱がされた革靴は岩や石で細かな傷がついてしまい、人前で履くにはみっともないほどだ。

制服も少しではあるが生地が擦れてしまっている。せめて森賀のように万全の服装で来られればよかったのだが。


「……先生を、怒らせてしまったでしょうか」

「先程の話か?」

「ええ」


付き合わせてしまっている罪悪感はあった。


彼を門まで送れるならそうしているが、また獣に出くわさないとも限らない。その上、メロウたちも襲われるかもしれないと考えると、この横穴から動くのは賢明ではないように考えられた。


「だとしても、君が選んだことだ……気にする必要はない。常に人と志を共にするというのは難しい。誰にでも、道を違える日はある」


整った顔にはいくらか休息の穏やかさが宿り、灰色の瞳は懐かしむように遠くを見つめている。


「カイは……どうして鍵守をしているのですか? 騎士だから、鍵守になったのでしょうか」

「そうだな。俺や父もそうだが、家系に生まれた者は騎士になるように育てられる。郷や、階級の高い人々を守る役目がほとんどだが、俺の家では剣の腕がある者を当主にし、蛇の護衛につけるんだ。俺ではなくとも、従兄か誰かしらは鍵守になる定めだった。白金の蛇を守ると誓いを立てたからには、それに背くつもりはない」


彼や騎士にとっては誓いはそれほど重要なものなのだ。自分の一生を捧げるほど。


「使命感、ですか。戦いへの恐怖はないのです?」

「俺たちには死の恐怖がない。死後、魂が転生し新たに生を授かれば、また次の人生が始まるんだ。君にはどうやら、死の恐怖があるようだな」

「恐怖はあります、もちろん」


彼の淡い灰の瞳は揺らぎがない。

心底から転生を信じ、次の生を今生と地続きに考えているのだ。


「私の世界とティル=オールとでは、転生の意味がちがうようですね……転生の信仰を持つ人々はこちらにもいます。生前の行いによって来世、違う生物に生まれ変わるのです。ただその生の繰り返しが良いものだとは思われていません。こちらの死は、生まれ変わり続いていく生という前向きな死生観のようですが」

「君はどう考えている?」

「私は転生の信仰を、少なくとも今まで信じていませんでしたから……死ぬのは、恐ろしいです」

「死なせはしない。蛇を守るのが俺の、今生の使命だ」


なんと妄信的な信仰だろうか。己の行動を疑わず、地に足を踏みしめる彼は美しいと言えた。


「黒金の蛇も……彼女も、ずっと使命を持って鍵を守っていたのに……どうして考えが変わったのでしょう」

「彼女が何を考えているかはわからない……だがおそらく、平原に獣が現れたことを考えると、ベルティネ・ドゥーンフォルトは俺たちと同じ方角へ、楽園へ踏み入ろうとしているのではないかと、俺は思う」

妖精が語って聞かせてくれたティル=オールの成り立ちだという話にも使われていた言葉だ。


「楽園とは、何かの比喩ですか?」

「いいや。楽園はたしかにある、この遺跡を進んだ先に。地下の神殿に、楽園へ続く門が存在する」

「門へ踏み入ると、どうなるのです?」

「楽園の門が開けば、神々は再び地上へ姿を現すだろう。もしもまた神々に敵意を向け、誰かが神と戦を始めれば、島に住む人も妖精もまず死ぬだろう。そうさせないために……蛇はティル=オールに生きる命を救う目的で造られたんだ」


ウィスカ遺跡は門を守るために造られたのだろうか。楽園があるのなら、それはティル=オールを揺るがすほどの大事な存在だ。

空木はようやくフィニステール島の不自然さに得心がいった。

人を追い返そうとする造りは、神々が住む楽園を守るためなのだ。


「神々の戦があった時代、地は燃え灰が降り積もり住めなくなった。母なる神は異界へ逃れるため、蛇の鍵を鍛治神に造らせた。三つの鍵はそれぞれ三人の子に与えられ、子どもたちは鍵を使い荒れ果てたティル=オールから人々を逃がした。戦が終わったのち、鍵は人に授けられ、楽園に一族ごと入られたという」

「その鍵を授かった人というのがセイラスさんのご先祖様、でしょうか」

「彼女が言うには、神々がこの地を生きた時代から住んでいたそうだ……冗談だろうと思っていたが、不死だったからな。それほど長く生きていても不思議はない」

「不死なのに……セイラスさんは亡くなったのですよね」


空木はあの学院で見た夢が実際にあったことなのか、確証が欲しかった。

自分がセイラスの生まれ変わりなのだという確証が。


「俺は眠る。君も休むといい」


カイは悲しそうな笑みを浮かべ、寝室に入っていった。

残酷な質問をしてしまっただろうか。彼を傷つけたかもしれない。


水桶を手に、湯を沸かそうと調理室に戻れば、戻っていたシオルは短剣を研いでいた。


「シオル、セイラスさんはどうして亡くなったのですか?」

「セイラスは……あんたの前世は、自害したんだよ」


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