「こんなに拡がっちゃって……」 思川みどりは、みだりなBL妄想に耽って助かる! ~「思川みどりのみだりな妄想」~

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

こんなに拡がっちゃって……

「OKよ。この調子で進めてちょうだい」

 部下の資料に目を通して、思川おもいがわみどりはGOサインを出した。


「ありがとうございます、思川係長!」

 大事そうにレポートを抱えながら、男子社員が同期の男性とハイタッチする。

「お前のアドバイスのおかげだよ!」

 さっきの社員が、同期と肘をつつき合った。

 

 

[これが顎クイだったら……助かるのに]

 

 

思川おもいがわみどりは、妄想が激しい。

 男性二人が会話しているだけで、腐った妄想にふけるのだ。


  

 ふたりとも、ちゃんと薬指に指輪をはめているにもかかわらず。

 きっと会話の内容も、お互いの嫁自慢に違いない。


 だが、この腐敗フィルターから逃れられると思うなよ。男子諸君!


「さて、仕事仕事」

 もうすぐ昼休み、みどりはパパっと資料を片付ける。


 ベルが鳴り、休憩時間となった。みどりは、廊下へ出る。


 経理課の桂部長と、課長の臼井が並んで歩いていた。


 ちょうどお昼休みの時間になったばかり。


 あっちもお昼休みだろう。

 彼らが社食へ行くとは思えない。もっといいお店に行くはずだ。

 

 

 だが、二人が向かうのは食堂ではない。

 行き先はなんと、食堂も喫煙所もない上の階。それも、お手洗いだった。


 

 これは、連れションだわ!

 みどりの胸は弾む。

 連れションという響きだけでも、想像力は掻き立てられる!


 みどりは、こっそり後をつけた。


  

 思った通り、二人はお手洗いに消えていった。

 しかも、普段使われていない「多目的トイレ」である!

 身体に不自由がないにも関わらず。


 これは、助かるどころか「ほんまもん」かも!



「こんなに拡がっちゃって……」

 臼井課長の声が聞こえてきた。


[なにが⁉]


 トイレから聞こえた声に、みどりは耳をそばだてる!

 幸い、この辺りは誰も通らない。

 みんな社食か休憩所へ向かっている。

 

 

「もう限界です。桂部長」



[限界なのは、こちらだわ!]

 


 自分のことはいいか。話の続きを注意深く聞く。


「何を言うんだ、臼井くん。まだこれからじゃないか」



「ですが部長! ボクはもうアラフィフです! なにをやっても、役に立たなかった!」


 そうか、ひょっとすると男性機能を失いかけているのかもしれない。


 だからネコ役を買って出た、と。


[それで、拡張してしまったんだろうなぁ。あれやこれや、が。いや、お盛んなこって]

 


 別にいいのではないだろうか。

 愛し方は、人それぞれだ。

 受け役になろうと攻め役になろうと、愛し方は変わらない。

 リバーシブルには、こだわりません! おいしければ!


[ご飯じゃないけど、いただきまーす!]

 

 みどりは、心のなかで両手を合わせた。



「なあ、これからも色々と試してみようじゃないか!」

「ムリです。もうボクには!」



[おもちゃ? おもちゃを使っているの⁉]

 


 臼井部長は五〇越えだから。

 ご自身もスタンドアップしないのだろう。


 いろいろ試したいお年頃なのかも。


「そんなことを言わずに。今度はすごいものが手に入ったんだ。海外ものだよ!」


 洋ピン⁉

 

[なーんか違うんだよなー。洋ピンは専門外だわーっ。810ハッテンって感じがするんだよなー。801やおい810ハッテンは需要が違うものー]

 


「なあ、次はもっとイイものを手に入れてくるから!」

「桂部長! お気遣いはありがたいのですが!」


[あー、もうこれは押し倒してるよー。多目的トイレでオイタしてるよー。オイタしなさってるよー。ありがとうございまーす]


 空腹なのに、気持ちは満たされて……。



「っぐうううううううう」


 盛大に、みどりの腹が鳴った。


「やっば!」

 立ち去らないと。


 しかし、ドアが空いてしまう。


「あっ!」


 みどりは、ズッコケてしまった。

 思っていた以上に、扉にもたれかかっていたのだろう。

 その場にあった壁が急になくなったのだ。バランスだって崩す。

 

 踏みとどまろうと、その場にあった何かを掴んだ。

 しかし、ズルっと手を滑らせる。

 臼井課長の身体に、みどりは覆いかぶさってしまった。

「あたたたぁ」



「思川くん、その」


 下にいる臼井課長が、起き上がろうとする。

「ももも、申し訳ございません!」


 慌てて、みどりは課長から飛び退く。


「わわわ、私は何も聞いていません!」


 三指を突いて、タイトスカートのまま正座した。


「い、いいよ」

 臼井課長が、年々寂しくなってきている髪型を整える。


「キミは、話を聞いていたのか?」

桂部長が尋ねてくる。

 だが、みどりは恐怖で目を合わせられない。

 

 

「盗み聞きもしたくてしたわけではなく、決してお二方の仲を引き裂こうとしていたわけでは!」

 

 必死で、みどりは弁解する。


「けっして、お二人の仲を公言したりなどしません!」


 言えるものか。言ったら間違いなくクビだ。

 末代まで呪われるだろう。

 BLの恨みは怖い。


「いや、それはいいんだけど、返してもらえないかな? その……キミが持っているものを」

 

「す、すいませ……ん?」

 みどりは立ち上がろうとして、手に掴んでいる何かを凝視した。


 ズラである。


 顔を上げると、桂部長の髪がキレイサッパリなくなっていた。無残な荒野をさらけ出しているではないか。

 

 そこで、みどりは全てを理解する。


 部長が課長にかけていた言葉のすべては、おそらくは育毛剤か、最新のズラの話題だったに違いない。

 頭皮が荒野になった先輩である部長から、アドバイスを受けていたのだろう。


 みどりは一気に冷める。

「さーせん」

 サッと、みどりは桂部長にズラを返す。

 

「思川くん、このことは誰にも」

「はいはい」

 相手の外見など興味がない。

 社食のラーメン代をおごってもらうことで、手打ちにした。


 

「じゃ」

 スタスタと、みどりは社食へ向かう。

 はやく、ラーメンを食いたい。

 あのズラを見ていたら、無性に社食のラーメンが食べたくなった。



 

「思川くん!」

 桂部長が、声をかけてくる。

 

 まだ、なにかあるのだろうか?

 みどりは振り返る。


「ボクのことも内密にね!」

 


 みどりは冷淡に言い放つ。

「それ、全社員知ってます」

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