第二話『誰もが”裏切者”になり得る』

 ときに“レジスタンス”というと、権力者や占領軍に対する抵抗運動を意味する言葉であるが、第二次世界大戦以降には、他国の占領軍に対する――という意味合いで一般的に使われるようになったものである。だが、ここN国においては、国内に“卯の花”含め、いくつかのレジスタンス組織というものがあるが、いずれもN国政府、軍に対しての抵抗活動を行っている。

 十余年に渡り続いた第三次世界大戦――それが終結したのは十五年前のことである。

 N国は、一応は戦勝国という形にはなるのであるが、苦い勝利であったと言って良い。N国の歴史上、初の本土上陸戦を余技なくされ――戦争が終結した今日日いまだ戦争による爪痕が色濃く残っている。

 さて、“卯の花”含め国内に現存するレジスタンス組織はいずれも戦後に発足されたものであるのだが、レジスタンスが発生するに至った経緯――この国の問題としては、一にN国政府上層部の腐敗。二に、“異能者”及び“異能者”になり得る少女たちへの人権問題――というところにある。

 戦時中、N国は人間兵器の量産に勤しんだ。

 人間兵器は作れども作れども、過激な戦禍によって消耗していく。N国は各家庭へと少女の徴収を行った。かつての“赤紙”の再来である。そして、それは戦争が終結すると同時に、表向きには行われなくなった。――あくまで表向きには、である。

 “異能者”は、あらゆる方面において使い勝手が良い。また、先の第三次世界大戦によって大幅に消耗した軍備を整えておきたいという国家の思惑もあったのであろう。戦後、N国のいくつかの市街部が爆撃であったり、戦場になったりしたこともあって、国内には孤児が溢れかえっていた。N国が行った国政として戦争孤児を保護するという名目で、国営の孤児院が多く設立されたわけだが、これほど少女集めに都合の良いものはない。

 また、戦争を経て戦前と大きく変わってしまったものは多いが、そのうちのひとつが貧富の差である。第三次世界大戦以前では想像もできなかったであろう。時代は退行したと言っても良い。貧しい者たちの居住区はまるでスラム街のような悲惨な有様で、少年は物乞いをし、少女は親に政府へと差し出される。

 こういった貧富の差然り、国民への公的福祉が行き届いていないその理由が、N国政府上層部の腐敗というところにあり――それを正さんとして、今日レジスタンスなどというものが活動するに至っているのである。

 では、“卯の花”の具体的な活動及び目するところはというと。

 一、“異能者”開発に関与する軍事組織の壊滅。

 一、“異能者”及び“異能者”開発に徴収された少女の保護。

 一、国の監視下にある孤児院の保護、運営。

 一、現体制、内閣組織の打倒。

 以上の四点が主である。

 活動は必要があれば全国に渡るが、関西地方首都部に近しいところに“卯の花”の姉妹組織である“菜の花”が拠点を多く持っているため、N国西方に関しては、そちらが主だって動くことがほとんどである。逆に“卯の花”の拠点であるこの“あなぐら”は東北地方に存在するため、“卯の花”のメンバーは東北から関東、中部地方を中心に活動を行っている。

 そして、姉妹組織である“菜の花”であるが、こちらは構成員が百に満たないものの、多くの“異能者”を抱える大規模な組織となっており、さらには“菜の花”は、N国立憲民主党議員であり、“異能者”解放改革推進派の有力者と内々に繋がっているという背景がある。時機をうかがい国家統治の上層部を“異能者”解放改革推進派へと転じる――それこそが、N国レジスタンス組織の描くシナリオだった。

 今日に至るまで、彼女たちの軌跡はほとんど順調であったと言って良い。

 “異能者”に対する恐怖故か、レジスタンス組織の彼女たちを批判する国民ももちろん多くいるが、そも、その“異能者”を作り出しているのは、国なのである。そして、“異能者”である彼女たちを恐怖そして嫌悪するよりも、国に愛する我が子を奪われた者たちの国への憎しみの方が強い。現内閣府の腐敗への憤りも追い風となり、ここ数年でレジスタンス組織は強力な勢力へと拡大していた。

 だが、ここにきて――“裏切り”。

 ひとつの暗雲が立ち込めてきたのである。



「“菜の花”には当然、このことは報告済です。K氏の存在については、“菜の花”では限られた幹部しか知り得ない情報ですが、“卯の花”では――みなさん知っての通り、全員が把握していることでしたから」

 千歳が暗い顔のまま淡々と告げる。

 K氏――というのは、現体制が瓦解された後に、この国のトップに据え置かれる予定であった有力者である。もし、本当に“卯の花”内に“裏切者”がいたとして、その情報が洩れているとすれば……K氏の身の上が危ういこととなる。

「それでK氏は――?」

 言いかけた小豆がハッと口を噤む。千歳が静かに首を横に振った。この中で誰が“裏切者”かわからない以上、どこかに身柄を隠しているのであろうK氏の所在を周知するのは得策ではなかった。

「また、現在は“あなぐら”の防壁を強化する対策をとっていますが、いまだ“あなぐら”へ接近する敵対勢力は確認されていません」

「とはいえ、こちらの拠点がバレてる可能性は高いんじゃないの? 私、前も言ったけど、拠点を移動するべきだと思うわ」

 山吹が口を挟む。確かに――と、山吹の言葉に蘇芳も胸中で同意した。いくら、まだ敵がこちらへ踏み込んでこないからと言って、このまま敵に知られているのであろう場所に留まり続けるのは愚策である気がした。

「せやねぇ。本来ならこの“あなぐら”はさっさと捨てるべきやったな」

「じゃあ、どうして」

「移動したところで“裏切者”がいる時点で同じことやん。それに、移動するに一番働いてもらわなあかん蘇芳が負傷しとる。今は蘇芳の回復を待ちつつ様子見ってところやな」

 そう言う仙斉に、山吹は難しい顔をして黙り込む。

 敵方に知られているのであろう基地に留まり続けるということに、蘇芳は不安に思う。“卯の花”は今までうまく立ち回ってきた。故に拠点が割れることもなく、今までやってこれていたのだが。もし、包囲でもされたら――?

 他の面々も同じようなことは考えているのであろう。一様に緊張した面立ちでいる。

 だが仙斉の言うことにも一理あり、また千歳が“あなぐら”を捨てるという選択をまだとらないでいるのは、仙斉に同意しているからであろう。

 あなぐら。

 そんな呼び名であるものの、その内部や設備自体は軍事基地として十分な規模である。わずか八人の少女で構成されている小さな組織ではあるが、精鋭組織として優れた機動力と、これまでの実績が故に、“菜の花”から手厚い援助を受けているためだ。この軍事基地を捨てるというのは、確かに損失も大きい。“裏切者”が誰であるか、判然としない状態であるから、今後どう動くが正解か、千歳も仙斉も決めかねている――といった具合なのかもしれない。……

 小豆が「ううーん」と、唸る。

「本当に裏切者がこの中にいるなら、何がしたいのかな? あたしたちをさっさと殺すなり、“あなぐら”に援軍を呼び寄せたりすればいいじゃん? それが、やったことと言えば機密情報の漏洩? ちょっとしょぼくなぁい?」

「それは私も疑問に思ってたわ。裏切者がいるってバレるような事態になることはわかっていたと思うのに、そのリスクに対して行動が中途半端というか……」

「せやねぇ」

 鳩羽の言葉に、仙斉がのんびりと首肯する。

「本当に“裏切者”なんているのかな」

 ぽつりと、蘇芳は呟く。

『“卯の花”の誰かが、外部へ情報を流した――』

 医務室でその言葉を聞いたとき、蘇芳は悪い冗談だと思った。でなければ、何かの間違いであるに違いないと。

 蘇芳が医務室で目を覚ました日から、今日までの一週間の間に、蘇芳が目を覚ましたと聞いた“卯の花”のメンバーは、それぞれ見舞いに来てくれた。

 “裏切者”がいるかもしれないということに関しては、みな浮かない顔をしつつも、とりあえずの事情を蘇芳に話して聞かせてくれたのだが――“卯の花”のリーダー的な存在である千歳は「人為的なもので間違いない」と断言し、では外部からのハッキングがあったのでは? と蘇芳は考えたが、これも情報管制を一手に担っている千草が否定した。

 千草は施設にいた頃からその“異能”故に優秀なハッカーとして育てられており、また、この“卯の花”のネットワークセキュリティーは、“菜の花”の同じく優秀なハッカーと、千草によって独自開発されたものである。“異能”によって構築されているセキュリティーでもあるため、こう言ってしまうと大げさな物言いになってしまうが、まず人の手で破れるものではないし、外部の“異能”による干渉があれば、それは探知できるようになっている。しかし、そういった外部からの痕跡は全く残っていなかった。ついでに、N国軍部に、痕跡すら残さないでハッキングを可能とするような“異能者”の存在は確認されていない。つまるところ「身内に“裏切者”はいない」「外部からの干渉では?」と、そこに縋りたい一抹の期待があったのだが、それは現状考え難いところなのだろう。

 では一体誰が――?

 円形のテーブルを囲んで、みながみな疑心暗鬼に苛まれている。

「…………千草だったら、できるんじゃなくて?」

 ――そう口を開いたのは山吹だった。

 山吹はその性格故か、高飛車な言動をすることが多い。艶やかなブロンドの髪をサイドテールにしたその風貌とも相まって、まるでお嬢さまのような貫禄がある。だが、実は“卯の花”の中で最も、仲間思いで、それぞれへ心を砕いているということを蘇芳は知っている。そして、この“卯の花”が設立される前から、千歳と千草とは共にいて、まるで本当の姉妹のように育ってきたことも。

 だからこそ、そんな山吹が冷たい視線を千草へ向けていることに、蘇芳は動揺した。

「私が“卯の花”を裏切るとしたらぁ……こんな中途半端にはしないよぉ」

「情が移って、振り切れなかった――っていう可能性もあるわ」

「情が移るも何も、“卯の花”は千歳が作った。みんなで育ててきた。壊そうとするわけがないでしょぉ……」

「千草……」

 千草の声には切な響きがあった。

「でも……“あの日”はみんな、それぞれ誰かと一緒にいたじゃない……千草なら、遠隔でデータの送信もできたんじゃなくて? 違う……?」

 ――あの日。

 情報管制室のメインコンピューターから、外部へデータが送信されていたとされる日。すなわち約二週間前の十一月三日のことだ。

 この会議が始まった冒頭に、千歳は問題となる十一月三日、午後三時前後のそれぞれの行動について、簡潔に報告した。曰く――

 ・千歳……午後一時から夕食の時間まで、千草と共に、執務室にて書類仕事を行っていた。

 ・千草……千歳と行動を共にしていた。

 ・山吹……午後一時から五時まで、鳩羽と共に、研究室にいた。

 ・鳩羽……山吹と行動を共にしていたが、午後一時半頃に資料室へ資料を取りに行っている。二時過ぎには研究室へと戻ってきており、それは山吹も認めている。

 ・小豆……午後二時にから四時までの間、ひとりで、孤児院へと出かけていた。孤児院の院長から証言はとれている。

 ・仙斉……昼食を済ませた後、蘇芳と共に、市街地へ買い物に出ていた。

 ・蘇芳……仙斉と行動を共にしていた。

 ・白藤……二か月前ほどより首都へ潜入任務のため“あなぐら”に不在。

 ・午後三時前後の情報管制室は無人状態でとなっていた。

 ・午後三時前後に情報管制室へ誰かが出入りしたという目撃情報はない。

 ・午後一時から四時にかけての、監視カメラの映像データが消えていた。

 ――といった具合である。

 十一月三日――その日、蘇芳は千歳に報告した通り、午前中は物資や備品の確認のため倉庫に。午後は買い出しのため市街地へと出かけていた。

 午前中は千歳と一緒にいたし、午後は仙斉と一緒にいた。帰ってきたのは夕方の四時半頃だったと記憶している。市街地へ買い物に出ている間、ほぼずっと仙斉と行動を共にしていたため、蘇芳は、仙斉は“裏切者”ではないとみて間違いないだろうと考えている。……もちろん、二手に分かれて買い物をするタイミングはあったが、それも決して長い時間別行動をしていたわけではない。その間に仙斉が基地へ戻ってデータを外部へ送信する――というのは恐らく不可能である。

 また、情報管制室に関してだが、ここには組織内のあらゆる情報を管理し、ときに通信の傍受などでも使用されるメインコンピューターが置いてある。基地の中でも核となる部分ではあるが、その出入りは八人しかいない組織において制限されていない。メインコンピューターへのアクセス権限も全員が持っている。

 首都で潜入任務にあたっていた白藤に関しては、物理的に不可能であるから除外するとして、それでも他のメンバーは十一月三日の午後三時前後には、山吹が言った通り、基本的に他の誰かと一緒におり、また、ひとりで行動していた小豆に関しても、孤児院の院長からしっかりと証言を得られていることから、犯行に及んだとは考え難いのである。

 しかし、蘇芳と仙斉が一緒に買い物に出ていたときもそうであったが、必ずしもふたりで一緒にいたからといって、その間ひと時も離れることなくそうであったかというと、どうもそうではないらしい。それもそうだ。お手洗いなどで離席することは度々あったであろう。しかし二週間前ともなってくると、さすがに何時頃に離席をしたのか――といった具体的な時間までは記憶があやふやになってしまってわからないと言う。それに千歳と千草。そして鳩羽と山吹。それぞれふたり組で行動していたと言っても、どちらも”裏切者”であるならば犯行は可能だ。蘇芳としてはあまり現実味のない考えではあったが。……


「やっぱりさぁ! みんなほとんどひとりだった時間なかったんでしょ!? あたしはひとりだったけど、孤児院行ってたわけだし……ねえ、本当に裏切者なんているのかなあ」

 小豆が重い空気を払拭するかのように、努めて明るく言う。

「だってさ! あたし、千草ちゃんがやったとも思えないし。あたしたち以外の誰かがやったっていう――何か見落としている可能性はないかな!?」

「小豆……」

「そう、例えば! 誰かが“あなぐら”に侵入してデータを盗んだとか!」

「それは考え難いです」

 やはり否定したのは千歳だった。

「“あなぐら”の防壁は“卯の花”のメンバー以外を通しませんし、メインコンピューターにはアクセスキーがなければ接続できません。……いえ、外部からの侵入。あり得ないこともないかもしれません。ただ……やはりその場合も、内部からの手引きがあったと考えるべきです」

 ああ、第三者を“あなぐら”に招く――という手引きであれば、十一月三日の午後三時前後にアリバイがあったとしても、“裏切者”の可能性は拭えないということか……つまり、ということだった。

 再び、会議室は重たい沈黙に包まれた。


 蘇芳がこの組織に――否、彼女たちと行動や生活を共にするようになって五年の歳月が経つ。

 “異能者”である自分たちは、ほとんどが同じような境遇にあり、同じ過酷な使命と義務を担わされていた。それを、自由を求めて反国家組織として宣明し、今日まで一緒に手を取り戦ってきたというのに。他の誰かが裏切る――などという可能性を、蘇芳はこれまで、これっぽっちも考えたことはなかった。

「疑問に思うのは――さっき小豆と鳩羽も言っていたが、『“裏切者”がいる』という事実が明るみになることに対して、その“裏切者”の行動は中途半端だ。私たちは、今まで“裏切者”の可能性なんて考えてこなかっただろう? やろうと思えば、それこそ全員の寝首だってかけたはずだ。それが、こんな調子なのは、どういう思惑があってだと思う? 仙斉の意見を聞きたい」

 これまで静観していた白藤が仙斉を見遣る。その白藤の表情は読めない。

「んー……。まだ“卯の花”である必要があるって印象やなぁ」

「“卯の花”である必要……?」

「白藤の言う通り、壊滅させることは容易いのかもしれん。が、そうしなかったのは、まだ潜り続けていないといけん理由があるように考えとる。だから“裏切者”だということがバレたらあかんねんけど、どうしても国軍に知らせんとこれまたあかん情報があった」

「……送信されたデータは、こちらの物資供給ルート、それから蘇芳、白藤の任務に関する記録。こちらの軍備データ――といったところですね」

「正直、蘇芳と白藤の任務に関する情報は、わざわざリスク冒してまでウチのメインコンピューターから送るもんでもないと思ってん。それ以外のふたつ――軍備データの方が本命ちゃうかな」

 仙斉の見解に、蘇芳は「なるほど」と、頷いた。

 それなら、この中途半端な行動にも納得がつく。しかし、軍備データ。こちらの軍備規模が相手方に知られるというのは、今後抗争が起きた際に不利になり得ると考えるが、それでも、そこまでのリスクを冒して知らせる必要があったのだろうか……?

 疑問は尽きることがない。釈然としないまま、会議は平行線を辿る。”裏切者”が誰であるのかはっきりさせるために―ーこの会が始まるにあたって千歳はそう言ったが、それは到底できそうになかった。

「――ひとまずは、“裏切者”が見つかるまで組織として不安定な状態が続くでしょう。来週の作戦は中止。情報管制室はしばらく私と千草以外の出入りを禁じます。また、何が起こるかわかりません……各自、警戒は怠らないように」

 最後に千歳がそう締めくくったところで、解散となった。

 ――来週の作戦は中止。

 蘇芳は思った。“裏切者”は、その作戦が実行されるのを止めたかったのではないだろうか。

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レジスタンス少女たちの戦場記録『裏切者は誰だ』 @musanshimin2023

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