レジスタンス少女たちの戦場記録『裏切者は誰だ』

@musanshimin2023

第一話『卯の花』

 この物語は、“はぐれ異能者”として国家へ反旗を翻さんとする、とある小さなレジスタンスグループに属する少女たちの、困難と葛藤――そして少々の緩さのある日常記録である。



 埃っぽいベッド。打ちっぱなしのコンクリートの天井。白い蛍光灯がちかちかと目に痛い。

 ぼんやりと目を覚ました蘇芳すおうは、次いで全身に襲い来る鈍痛に顔を顰めた。

 どうやらここは“あなぐら”の医務室であるらしい。何故、自分は医務室のベッドに寝かされているのだったか。

 ベッドに体を横たえたまま、ぼんやりとした頭のまま緩やかに記憶を辿る。

 確か自分は、物資供給任務についていたはず……。

 “任務”とは言ったものの、それは名ばかりで、大した“異能”を持たない自分でも問題なく達成できるはずの、おつかいのようなものだった。この拠点――通称“あなぐら”から、旧首都の湾岸にある武器商グループから幾つかの資材を受け取ってくる――というものだ。蘇芳はこういった運搬に非常に適した異能を持っていた。かつて放映されていた国民的アニメの近未来型ロボットが持つ四次元ポケットと同じような機能を持つ鞄を具現化できるといえば、わかりやすいかもしれない。

 蘇芳は決して強くない。戦闘に特化した“異能”ではないのだから当然だ。それでも一般人に比べれば軍事訓練を行っている分、動けるのかもしれなかったが、それでも他の“異能者”たちとは雲泥の差である。そんな蘇芳であったから、このような任務に就く当初は、必ず他の“異能者”とツーマンセルという形をとっていた。だがやがて、蘇芳自身も任務に慣れ、また、もともと一般人に紛れ込むのがうまかったこともあって、蘇芳は最近ではひとりで任務に就くようになったのである。蘇芳の属するレジスタンスグループ――“卯のうのはな”は構成員が決して多くない。移動に秀でた“異能者”がいればまた話は別だったのだろうが、運搬任務にかかる日数を鑑みると、あまりこの“おつかい”に人を割くべきではないとは、蘇芳を含めた大体数の判断である。とはいえ、蘇芳がひとりで任務にあたることに、他のメンバーはやはりそれぞれ難色を示した。レジスタンスという響きに反して、この“卯の花”は仲良しこよしな面がある。人の善い彼女たちは、みな心配してくれていたのだ。だが、それでも最終的には蘇芳ひとりで任務に就くことになったのは、現実的に運搬任務に人員を割くのが厳しいという状況が続いたのと、“蘇芳ならひとりでも大丈夫だろう”という蘇芳への信頼があったからだった。それが――今、蘇芳は医務室のベッドで横たわっている。

 ちかちかと白い蛍光灯が目に染みて、視界がぼやけてくる。

「……蘇芳?」

 ベッドとベッドを仕切る白いカーテンが遠慮がちにめくられる。現れたのは薄い紫の髪色をした少女だった。

鳩羽はとば……」

 発した声は掠れていた。焼けるような痛みに喉が引き攣る。湾岸の倉庫――物資の引き渡し場所だった――そこで急襲を受けたとき、混戦の中、爆発による熱風をもろに吸い込んでしまったのだと思い出した。そう、急襲。

「! 蘇芳、無理しなくていいから」

 焦ったように少女――鳩羽が声をかけ、ベッド脇の丸椅子へと座る。

 鳩羽は、先にも言った薄い紫色の長い髪を編み込み、後ろの低い位置でお団子にしてまとめている。出会ったときは短かった彼女の髪だったが、蘇芳は鳩羽の髪色が好きだった。

 蘇芳を含め“卯の花”の構成員は全員が全員、この国の生まれである。そして、この国の民族は大抵が黒色の髪と瞳――というのが特徴であるのだが、“異能”を持って生まれた者、あるいは“異能者”へと変異した者は、その髪と瞳が、遺伝子に関係なく、ときに奇抜な色になるのである。

「丸二日も眠っていたのよ」

 本当に心配したんだから――と、安堵の息を吐く鳩羽は顔色が悪い。よく見れば目の下に隈もある。

「軍が……」

「そう、関東陸軍よ」

 鳩羽は暗い顔で頷いた。

「……ど、して」

「わからないわ。でも、蘇芳。あなたは考えるべきじゃないわ」

「……」

「今は休んで。傷を癒すのを優先して」

 そう言って、蘇芳の左手が鳩羽にそっと握られる。その左手には包帯が巻かれており、そのまま反対の手に視線を移す。右手にもやはり包帯が巻かれていた。そんな蘇芳の様子を見て、鳩羽は苦笑する。

「ほんと、全身包帯まみれで……白藤しらふじがあなたを連れて帰ってきたときには、どれだけ肝を冷やしたことか……」

「白藤が……」

「ええ、プラムが湾岸付近で襲撃を受けた――という通信を受けて、別件で首都へ二か月潜っていた白藤がたまたま帰還途中で旧首都に近かったから急行してもらったのよ」

 プラム――というのは、“卯の花”と連携をとっている武器商グループの名称であり、今回蘇芳が出向いていた先である。

「白藤が応急手当を施してくれていたんだけど、それでも焼石に水って有様だったのよ」

「……ごめん」

 申し訳なさと共に、情けない気持ちがもくもくと胸中に溢れ出し、渦巻き始める。せっかく、信頼して任せてくれてたのにな。

「蘇芳の責任じゃない」

 唐突に静かな声が降ってきた。鳩羽の声ではない。鳩羽が丸椅子に座ったままハッと振り返る。つられて蘇芳も俯いていた視線をそちらへ向けると、ほとんど白髪に近い髪を肩口できれいに切りそろえた少女が立っていた――白藤だ。彼女は気配を消すのがうまく、またそれが職業柄か日常化されてしまっている。

 白藤はいつも着ている黒いパーカー姿ではなく、蘇芳が今着ているのと同じ患者服を身に着けていた。右腕が三角巾によって首につられている。自分を助けてくれたのは白藤だと聞いたが、そのときに負傷したのだろうか。

 みるみるうちに曇っていく蘇芳の目に、白藤は「気にしなくていい」と軽く言った。

「大したケガじゃないんだが、“先生”が大仰な処置をしてくれただけさ。もう二日も経って、すっかり元気だというのに医務室から出してくれやしない」

 辟易とした様子の白藤に、鳩羽が呆れたように息を吐く。

「あなたは普段から無茶しすぎなのよ。安静にしてなきゃ。それに今は――」

「裏切者がいるから“あなぐら”も危険って?」

 鳩羽が息をのんだ。その表情は固い。蘇芳は耳を疑った。裏切者――?

「今回、蘇芳が急襲を受けたのは、誰かが情報を流したからだ」



 世界地図の東の端に、N国という島国は存在する。

 先に勃発した世界三次大戦――そして“異能者”が台頭したこの国は、世界でも屈指の軍事大国として現在列強諸国へ肩を並べている。N国が複雑な世界情勢の中で、その独立を認められているのは、世界一、二を争う化学力にあると言っても過言ではない。

 度重なる戦争により荒廃した国土では作物も育たない。諸外国からの輸入がなければ、瞬く間に食糧難へと陥るのは目に見えており、だからこそ指折りの軍事力を所持していながら、いまだ合衆国の顔色伺いに余念がないのは、そういった政治的圧力をかけられれば軍事力の大半を担う人間兵器も飢える故である。

 人間兵器――と、ときに蔑まれることもある“異能者”という存在についてだが、これこそN国の技術の集大成とも言うべきか。当然、人間という生物種の突然変異などによって生まれたものではない。

 かつては平和を愛し、いかなる事由があろうとも戦争はしない――と、自衛が可能であるレベル感の軍備しか持たなかった、とされている国であったが、それも表向きのみの話である。当然のように裏では新たな軍備拡充へ向けて兵器開発に勤しんでいた。最初から人間兵器という倫理観を無視した開発が目的であったのかどうかは定かではない。だが、結果として出来上がったのは“異能者”と通称される人間兵器であった。彼らは――いや彼女たちは、ときに戦車や爆撃機を一撃で沈める火力を持ち、ときに核爆弾すらも弾く国土を覆う不可視の防壁を築き、ときに世界の端から世界の端へと一瞬で移動する。

 N国の特徴としてポップカルチャーなる漫画やアニメというものがある。

 “異能者”という新たな軍事兵器が発表されたとき、国民の多くは「そんな漫画みたいな」と、なんとも言えない感想を漏らしたものだった。それほどに、“異能者”とは非現実的でファンタジックな存在であったのである。それがいざ、N国も第三次世界大戦において総力戦を余儀なくされた際に、実戦投入された彼女たちの威力は凄まじく「漫画みたいだ」と囃し立てていた国民は揃って恐怖した。同じ人間という身の上で凶悪な威力を生み出す彼女たちに。

 さて、そんな“異能者”だが、それがどういった具合で出来上がるかという話は割愛しよう。そこには遺伝子工学を限界まで追求した科学者たちによる未知の物質の発見――といったような大層なドラマがあるわけなのだが、それを語り出すと長くなってしまうため省略する。だが異能者”が生まれるにあたって、ひとつ説明を加えるとするならば、それは必ず女性である――という点である。どういった理由であるかは、これまた複雑になってくるため省くとするが、とにもかくにも“異能”は男性には発現しなかった。つまるところ、第三次世界大戦の後期には、“異能者”となった少女たちが戦場を支配する異様な光景があったということである。

 しかし、この“異能者”という兵器には、ひとつ困った問題があった。

 それは能力が画一的ではないということである。

 能力ガチャ――とでも言うのだろうか。“異能者”という新たな兵器を開発したN国の非常に優秀な技術者たちであったが、彼らも、実際に“異能者”が生まれるまで、その対象がどのような“異能”を持って生まれるかわからない――という顛末であったのだ。それは“異能者”を生産する上で大きな問題となった。公にはなってこそいないが、これが原因で数ある研究施設のうちのひとつが壊滅した事件なども過去に起きたほどである。

 そして、その能力ガチャであるが、例えば、全身を弾丸さえ通さぬほどに硬化し、戦場で次々と歩兵の首を叩き落とす――といった実用的な兵器もいれば、ただの水をおいしいお茶各種に変化させることができる――などという、全く戦力にならない者もいた。ちなみに後者はある種のパフォーマンスとして外交の場で使われたらしいが。……

 蘇芳は能力ガチャのいわゆるハズレにあたる。

 “卯の花”としては、物資や武器の運搬に非常に便利なので重宝しているらしいのだが、蘇芳本人としては、どうせ“異能者”それも“はぐれ”として生きるのであれば、もう少し実戦的な能力が良かったと当然のように思う。

 蘇芳が「出ろ」と念じて言うと、蘇芳の手の中にがま口の小さなハンドバッグが具現化される。そのハンドバッグはこれまた仕組みはどうなっているのかわからないが、四次元亜空間というやつで、体積、質量もろもろ無視して何でも出し入れができるという優れものである。その能力故に蘇芳の主だった任務はと言えば、先にも述べたが物資の運搬や、物資供給による後方支援がほとんどとなっている。

 ちなみに“卯の花”には、こういった後方支援に特化したメンバーが非常に少ない。そのため、いざ国内紛争へ――となった場合に蘇芳の能力は供給線という点において非常に重要になってくる。


「だからこそ、蘇芳が狙われた――というのはあると思う」

 ところ変わって、“あなぐら”内、会議室。

 円形のテーブルに七人の少女が席に着いている。

 蘇芳はその席のひとつに固い顔をして座っていた。蘇芳が医務室の埃っぽいベッドで目を覚まして一週間が経っての今日である。

 蘇芳は結果として全治三か月のケガを負った。旧首都湾岸にあるプラムの拠点のひとつを襲ったのはN国の関東陸軍という情報であるが、不意を突くために少数編成であったのが幸いした。

「他のメンバーには話してあるが、私が首都に潜入していたことも漏れていた。中央駐屯軍で不穏な動きがあったから、千歳に報告した翌日、脱出。後、旧首都で蘇芳を回収――という運びだ」

 向かいに座る白藤は、いつもの黒いパーカー姿で、その白い髪をフードですっかり覆ってしまっていた。右腕を骨折していたと蘇芳は聞いていたが、既にその白藤の腕から三角巾は取り払われていた。骨ってそんなすぐくっつくものだっけ。一瞬考えたが、そうではないから蘇芳はまだ松葉杖をついている。

「白藤の報告を受けて、何故情報が洩れたのか疑問だったんです。それで千草が調べたら、情報管制室のメインコンピューターから、“卯の花”の機密情報が送信されていた痕跡が見つかったんです」

 そう淡々と説明したのは、暗い緑色の髪を持つ千歳ちとせだ。結わかれていない長い緑色の髪は毛先に行くにつれ緩やかにカールしている。その隣に座る千草ちぐさが、千歳の髪色と同じ色の瞳を細くする。

「送信時刻はぁ、なんと午後の三時でしてぇー。裏切者はぁ、なんと大胆不敵にも真昼間にこのような犯行に及んだ模様ですぅ」

「本当、そんな真昼間に起きたなんて、普通にそこの姉妹が臭いわ」

「私たちが“裏切者”だとしたら、わざわざ報告しますぅ?」

「勝算があればする可能性もあると思ってるわよ」

 フンと鼻を鳴らしてそっぽを向く少女――山吹やまぶきは次いで、蘇芳と白藤を見遣った。

「まあ、そこのふたりはまず“裏切者”から除外して良さそうね。そもそもまず“あなぐら”にいなかったわけだし」

「いや、蘇芳はデータが送信された日は”あなぐら”にいたで。まあ蘇芳は死にかけたし除外してええとは思うんやけど……白藤は主犯じゃないにしろ、共犯の線はなくもないんちゃう?」

 その言葉にぎょっとした。言った当人は頬杖をついて微笑んでいた。

「あら、共犯の線も追うわけ? 仙斉せんさい? 八人しかいない組織の四分の一がスパイだなんて、とんだレジスタンスね」

 仙斉はグレーの自身の髪をのんびりと弄んでいた。そんな仙斉に、山吹は腕と足を組み、馬鹿馬鹿しいと一笑するが、目は笑っていない。蘇芳は、そんなふたりに挟まれた位置に座っているため、居心地が悪く身を小さく縮こまらせている。いや――ふたりが目に見えない火花を散らしているから――というだけではないだろう。会議室には重い空気が漂っていた。それも仕方がないことだ。この中に“裏切者”がいる――という事実が明るみになったのだから。

「よいしょっと。お茶淹れてきたよ! ってなにこれ! すごいお通夜会議じゃん」

 会議室の重い扉を開けて入ってきたのは、百五十センチがあるかないかの背丈をした少女――小豆あずきである。

 場にそぐわない小豆の溌剌さに、変わらず席に着く面々は白けた顔をしている。小豆はひとりおろおろしている蘇芳に、肩を竦めて見せた。

「まあまあ、お茶でも飲んでさ! みんな冷静に話し合おうよ! もしかしたら何かの不具合で起きただけで! 実際は“裏切者”なんていないのかもしれないし」

 全員に紅茶の入ったカップを配膳した小豆は、白藤の右隣り――空いていた席へと座る。

「はあ、それだったら、どれだけ良いか……」

 鳩羽が紅茶のカップに口をつけながら苦笑する。それを見て山吹も紅茶へと手を伸ばした。

「……嫌だなぁ。毒も何も入ってないよ」

 小豆は悲しそうな顔をした。先の「“裏切者”はいないかもしれない」という言葉も、場をとりなすための言葉ではなく、本心からそうであれば良いと思っての言葉だったのだろう。

「小豆さんが“裏切者”なら、とっくに私たち死んでる気がしますね」

 千歳がカップを見つめて言う。……確かにそれもそうだ。小豆はこのレジスタンスでの料理番である。彼女が食事に毒を仕込めば、蘇芳含め、“卯の花”のメンバーは全員あっという間に死に至るのではないか。

「どうかな。鳩羽がいるから毒殺っていうのは現実的じゃない気がする」

 静かに口を開いたのは白藤だ。

「鳩羽なら、毒を盛られても自分で回復できるだろうし、即効性の毒であっても、他のメンバーが死に至る前に救命するのは容易いんじゃないか?」

 そう言う白藤の表情は相変わらず読めない。

「容易くはないけど……そうね、できると思うわ」

 頷く鳩羽は“卯の花”の医療全般を担っている。彼女の“異能”は“超回復”だ。自分の体の不具合はもちろんのこと、この能力はいくつかの制限があるものの他人も使用することもできる。蘇芳が“死にかけ”ていたにも関わらず、たった一週間という短い期間でこうして医務室を出れているのも、一重に彼女のおかげである。とはいえ、能力にも限度というものはあるので、蘇芳の左足はいまだ折れたままだ。ちなみに白藤の右腕も多分まだ完全にくっついてはいないのだろうが、それは彼女が少々おかしいだけである。

 ――パンパンと、手を叩く音がした。

「さてさてぇ、このまま有耶無耶に議論をしてても仕方ないでしょぉ」

「今日のこの会は、この中の誰が“裏切者”なのか、はっきりさせるために設けたものです」

 全員の顔がわずかに緊張したものになる。

 ある者はちらりと他を横目で盗み見て。ある者は不安げに俯き、ある者は無表情にテーブルをこつこつと指で叩く。……

 この会議室にいる少女は全部で八人。

 蘇芳、鳩羽、白藤、千歳、千草、山吹、仙斉、小豆。

 レジスタンス少数精鋭隊、“卯の花”――ここには“はぐれ異能者”として国家へ反旗を翻さんとする少女たちが集っている。この物語は、そんな彼女たちの、困難と葛藤――そして少々の緩さのある――“裏切者”を見つけるまでの記録である。

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