おまけ4 星の記憶4

「止めだ!!」

ユリコが剣に渾身の邪気を込めながら距離を詰めてきた。しかし、タカシはある事に気付いた。構えている盾と腕を固定させる金具が衝撃を受け続けていたことで緩んでいるのだ。すると、機転を利かせ、固定金具から腕を抜いて盾を瞬時に掴むように持ち変えた。そして、盾を突進してくるユリコ目掛けて思い切りぶん投げた。

“ガン!!”

ユリコは咄嗟にそれを盾で弾いたのだが、視界からタカシの姿が消えた。かと思ったら、弾いた時に出来た僅かな隙にタカシはユリコの頭上を覆い被さるように取って、両手による体重を乗せた渾身の斬撃を振り下ろした。

――ドガン!!――

ユリコは咄嗟に盾で防いだが、斬撃の威力で盾が砕かれ、その衝撃力で地面まで叩き落された。そして、ユリコを追いかけるように地上に降りたタカシは、再び地上戦に持ち込んでそのまま一気に攻め続け、その怒涛の攻めにユリコは強打を連続で被弾し続け、いよいよ肉体の修復が出来なくなってきた。しかし、歯を食いしばって踏みとどまるユリコ。

「おおおおお!!!」

互いに気合の叫びを上げて剣を衝突させていき、2人の血が周囲に飛び散っていく。狂戦士の如く剣を振り続けるタカシ。痛みなどもはや麻痺して、ただ、ただ本能のままに剣を振り続ける。

“ドゴン!!”

しかし、斬撃を受け流しつつぶちかまされたユリコの強烈な蹴りがタカシの腹に叩き込まれて大きく後方へ吹っ飛ばされた。そして、その勢いのまま止めとばかりに距離を詰めたユリコの体重を乗せた渾身の突きが繰り出される。

「終わりだ!!」

ユリコの刃がタカシの額を捉えた。

“ザシュ・・・!!”

しかし、タカシは踏みとどまってそれをぎりぎりで躱し、左側頭部に傷を受けながらも、更に前へ踏み込んでカウンター気味に鋭い突きを繰り出した。

――ザシュ!!――

タカシの全霊の刃が逆にユリコの胸を貫いた。現場に静寂が訪れる。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

互いに荒い息を吐き出しながら睨み合う。そして、タカシが剣をゆっくり引き抜くと、ユリコはよろめいて少し後退し、傷口に手を当てながらニヤリと不敵な笑みを見せた。傷口から亀裂が生じ始め、徐々に全身に広がっていく。

「見事だ。よくぞ私の破壊衝動を受け止めた。」

「・・・お前は、何者なんだ?悪魔ではないのか?」

タカシは肩で息をしながらユリコに問いかける。そんなタカシにユリコは静かにこう答えた。自分は創世記の頃よりこの星に住んでいる者だと。その言葉に衝撃を受けるタカシ。

「創世記?・・・神か天使だとでも言うのか?」

「神か天使だと?馬鹿を言うな、私は・・・」

ユリコの脳裏に過去の平穏な日々が過る。そこに映るは、店内らしき場所にいる若い女性達の笑顔。皆楽しそうにグラス片手に喋っている。そして、その直後に映るは、黒い炎に包まれた巨人と黒い炎で焼かれる大地。ユリコは怒りを抑えるかのように目を閉じて噛み締める。

「正義は死んだ!偽りの神によって、その身を邪悪な黒い炎に委ねて!!さらばだ、スバルタカシ。救いの無いこの世界に生きるお前達の未来に、幸有らんことを。」

ユリコはそう言い残し、タカシの目の前で肉体を霧散させて跡形もなく消え去ってしまった。残されたタカシはしばらく彼女がいた場所をただじっと見つめていた。すると、空からポツポツと小雨が降り始め、やがて強くなり始めた。

“救いの無いこの世界・・・”

ユリコの言葉は何を意味しているのか。どうせなら、もっとはっきりと意味が分かるように言ってほしかったところだが、もはや今更だ。

“ザァ・・・”

降りしきる雨の中、タカシは空を見上げた。土砂降りとなった雨が死闘を制した男の傷を癒すかのように全身の血を洗い落としていく。神が授けた勝利を祝う癒しの雨なのだろうか。実際に、不思議と痛みが引いて傷口が残るだけとなった。そして、しばらくして雨が止むと、不気味な光を放つ赤黒い雲は消え去り、頭上には再び美しい満天の星空が姿を見せ始めた。まるで悪夢が終わりを告げたかのように。

“お~い!!”

背後から聞こえてきた呼び声にタカシが振り返ると、同じように全身傷だらけの同士達が広場へと次々と集まってきた。33人ものいかつい勇ましい男達が自信に満ちた笑みを見せて登場してきた。揃いも揃って武具がボロボロになったみっともない姿だ。しかし、その姿にタカシは安堵の笑みを見せながら親指を突き立て、同士達も親指を突き立てた。そして、スグルとマキオも瓦礫と化した城から姿を見せて全員が揃った。

「お~!お前らみんな生き残ったのかよ!無駄にタフな連中だな!!」

「お前に言われたかねぇよ!!」

スグル達が同士達と労いをしていると、タカシが格小隊から情報収集を始めた。それによると、町の損害は大きいものの、幸いにも人的損害はそこまで大きくないようだ。しかし、最も話題となったのは、今生きている事である。タカシは首を傾げてしまう。

「どういう事だ?みな戦い抜いて生き残ったのだろう?」

「いや、これ見て下さいよ。」

隊士の一人が右腕を見せたのだが、腕周りを半周するように大きな傷跡が残さている。彼が言うには、悪魔との戦いで、それこそ動かなくなるくらい腕や足が深く切られたはずなのだが、まるで霊気で接合しているかのように動かせ、更に、気が付いた時には血の流れが止まり、傷口も完全に塞がっていたという。

「何だよ、お前もか!!」

みな無我夢中だったので構わず盾で悪魔を殴り倒し続け、やがて他の2人と共に最後まで生き抜いたのだが、不思議と出血がいつの間にか止まっており、更に雨が降ったら、痛みまで消えてしまった。他にも同様に不思議な体験をした者達がたくさんいた。

見たこともない巨大な獣を前にしても、なぜか弱点があり尚且つその場所を瞬時に見抜けた。そうでもなければ討伐など出来なかっただろう。

「この奇跡とも言える体験がなければ、今頃この場には2,3人ぐらいしかいなかったかもな。」

創造主ミミが力を与えてくれたのだろうか。すると、タカシはユリコの話を皆にし始めた。

「創世記・・・?何だ、そりゃ?」

創世記から生きているというユリコとは一体何なのか。悪魔の体を奪い取り、なぜかスバルタカシにだけ刃を向けてきた。正義は死んだとは一体何なのか。偽りの神とは。この世界に救いが無いとは一体どういう意味なのか。タカシ達の前に大きな謎ばかり残されてしまった。女王に判断を委ねるしかないだろう。ただ、少なくとも自分達では手に負えない、それこそ神々の大いなる力が関わっているという事だけは肌で感じた。

「監禁されていた娘達は?」

「彼女達は大丈夫だ。みんな生きてる。」

スグル達曰く、夜が明けるまでは地下に待機しておくように言ってある、とのこと。ただ、それ以外に関しては壊滅的な被害が出ていたようだ。これは城内にいたグラックス兵が全滅しただけじゃなく、王族も皆殺しにされた、というショッキングなものだ。城内の人間の大半が既に悪魔達によって殺害されていることは、ユリコと戦う前から分かっていたが、厳しい結果だ。

「そうか・・・、分かった。ご苦労。」

ネロンに関しては女王に釈明するしかないだろう。こうして、多くの犠牲者を出しながらも、タカシ達は作戦を無事に成功させることが出来た。この“ダラスの戦い”はフローラの剣闘士達の力を世に広める大きな出来事となり、グラックス国がフローラ国の属国となる転機にもなった。

――後日談――

ネロンら王族と側近達及び闇商人、グラックス兵といった国の中枢を担う者達が悪魔によって皆殺しにされた事でグラックスは既に国としての機能を失っていた。そこで、フローラ国女王クレノサクラの命令により、グラックス国民達から英雄として称えられたタカシとスグルとマキオの3名の剣闘士達が中心となって国の再建を目指し、やがてタカシが統括官となったレヘイム自治区が誕生した。ちなみに、レヘイムとは、古代の食べ物(パンとほぼ同じ)から取られた名前である。

 タカシはフローラ国の剣闘士大会で優勝した際に、褒美として神の知恵を見せてもらった事があるのだが、その時にレヘイム(パン)の事が記されたページが気になって国王に許可をもらって別の紙に書き写させてもらった。そして、自ら開発したレヘイムをフワンと名付けた。

 そんなタカシは最強の剣闘士として歴史的に有名だが、それ以上にフワンの王様としても有名だった。彼は交易で必要な材料を揃えてフワンを製造し、その味に感動して国を挙げての小麦畑開墾政策を打ち出した。そして、長い年月を掛けて広大な小麦畑の開墾に成功し、現在でもアトランティコ国内の小麦自給率に大きく貢献している。そんな彼はフワン職人を育成し、惣菜フワンや菓子フワンを次々と試作しては国内の子供達を中心に試食させて腕を磨かせていった。

 文献によれば、タカシは日頃から“どうすれば、もっと外はカリッと中はふわっとしたフワンが作れるのだろうか?”と政治以上にフワンと向き合っていたそうだ。そんな彼は現在“キングオブフワン(パンの王様)”と呼ばれている。そして、タカシが建てたフワン工房は、今でも世界重要文化財として観光名所の1つとなっている。

――ドラッケン達のその後――

ドラッケン達は10年の地中生活を経て仲間共々再びネイに戻っている。彼らがネイに戻ってどうなったのかはヴィーナには分からない。もしかしたら、故郷で大規模な農地改革を行って、そちらの方面で偉人扱いを受けているかもしれない。そんな彼らがこの星のことを“牢獄の星”と呼んでいたのは、囚人のように地中で大人しく暮らさなければならないということに由来している。

 彼ら影人間は肉体を滅ぼされても死ぬことはなく、本当の意味で死ぬのはその魂が寿命を迎えた時だ。その期間はおよそ40年とされているが、強い思念を持っていたり、特別な魂だったりすると100年以上も生き続ける事もある。

――再び博物館――

「・・・・・・」

ゆっくりと目を開けるヴィステ。彼女と石碑を包み込んでいた光はもはや消えている。

“1000年以上も前から彼女に異変が起きていたのか・・・”

真剣な眼差しで石碑を見つめるヴィステ。その周囲では見物客がざわついている。警備員も困惑した表情で首を傾げている。どうやら、彼らの脳裏にもダラスでの攻防が映り込んだようだ。

 そんなこんなでユリコの事が少し分かったヴィステはそそくさと博物館を後にして、再び事件の真相を掴むべくサクラ都へと車を走らせたのだった。









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殺意の凶界線 天海琉星 @maik1028

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