琥珀の思い出がコスモスに溶けて

藤和

琥珀の思い出がコスモスに溶けて

 周囲を小さな山に囲まれた海辺。人里から隔離された様なその場所には一軒の家があり、そこにはひとりの青年と、ひとりの人形が住んでいた。

 青年は毎日浜辺に出て、海岸に打ち寄せられた琥珀を籠いっぱいに拾う。樹に実を付けて収穫することができる他の鉱物とは違って、琥珀だけは、鉱山を掘るか、それともこうやって波に乗って打ち寄せられる物を拾うしか採集方法のない高価な石なのだ。青年はその高価な石を拾い集めて、時折街に売りに行くことで生計を立てていた。

 籠いっぱいになった琥珀を見て、青年は浜辺から離れる。そして、満潮の時でも海に飲まれない位置にある家へと帰っていった。


「おかえり! おつかれさま」

「ん、ただいま」

 家に帰ると、出迎えてくれたのは彼が大切にしている、琥珀色の瞳の人形だ。

 この自律式の生きた人形は、一般的には子供の情操教育用にと購入されることが多い。その寿命は約十年と、人間に比べてだいぶ短い。だからだろうか、人形は子供に大切なことを教えてくれると言われている。

 しかし、人形を購入するのは子供を持つ親だけではない。その魅力に取り憑かれた大人が、自分用にと購入するケースもあるのだ。

 青年を出迎えた人形も、彼が大人になってから購入したもので、この家に来てもう数年が経つ。

 家に入って居間で一息ついた青年は、人形を側に呼んで、自分も食事をしながら、先程拾ってきた琥珀を食べさせる。この星で愛される人形はみな、こうして鉱物を食べて成長するのだ。

 うっとりとした表情で琥珀を食べる人形から、青年が一瞬視線を外した。その視線の先には、いま目の前にいる人形ではない、幼い頃に両親から与えられ既に寿命を迎えた動かない、琥珀色の髪の人形がいる。

 元々は胸に命の象徴である、核となる結晶があった場所が、がらんどうになっている。それを見る度に、青年はせつなさと恐れを抱く。

 目の前で琥珀を食べる人形に彼が訊ねる。

「君は、死ぬのがこわくないかい?」

 この人形も、自分よりも早く死ぬ。それがわかっている青年は、縋るような目で人形を見つめる。すると人形は、にっこりと笑ってこう答えた。

「あの子みたいに大事にしてくれるのがわかってるからこわくない」

 あの子というのは、片隅に置かれた人形のことだろう。人形の言葉に、人形の死を恐れているのは自分だけなのだろうかと、青年は思う。

 ふと、人形が青年に訊ねた。

「あの子のこと、好きだったの?」

「……ふふっ、人形が嫌いな人間はいないよ」

 少しだけやきもちを焼いたような人形の仕草に、青年は微笑ましくなる。

 人形に与えなかった分の琥珀が入っている籠を部屋の隅に置き、柱時計に目をやる。ちょうど時を告げる音が鳴った。

 いつもなら、このあとに読書をしたり、人形と語り合ったりとゆっくり過ごすような時間なのだけれども、明日は琥珀を売りに街に出る日だ。青年は人形に声を掛けて、寝る準備をはじめた。


 布団を敷いて人形とふたり、同じ布団の中に入る。人形の背中にそっと手を回すと、人形が腕の中でこう言った。

「私も一緒に、街に行きたいな」

 それに対して、青年はこう返す。

「街は、こことは違って危ないことが沢山あるから、君はここにいた方がいい」

「そうなの?」

「ああ、こことは比べものにならないくらい人間や人形がいて、中には悪いことを考える人間だっているんだ」

「そっかぁ……」

 青年の言葉に納得したのか、それとも少し怖じ気づいたのか、人形が青年の胸に頭を当てる。その頭を優しく撫でながら、青年は街に思いを馳せる。街に危険なことが沢山有るのは事実だ。この海辺とは違って、自動車などの事故もあるし、人間や人形がそれに巻き込まれることもある。悪いことを考えている人がいるというのも事実だ。けれどもそれ以上に、青年は他の人間に、いま腕の中にいるこの人形を見せたくなかった。他の誰にも見せずに、宝物のように独り占めしたいのだ。 そう思っていることを、この人形は知らないのだろう。青年はこんな、自分勝手なことを考えているだなんて人形に知られたくないのだ。だから、外の世界に触れさせることなくただ自分たちの小さな殻の中で、ただ静かに流れる毎日を過ごすことを願っている。

 腕の中から寝息が聞こえる。人形はすっかり寝入ってしまったようだ。その寝息を聞きながら、青年の意識も薄くなっていった。


 ふわふわとした感覚の中、青年はキバナコスモスの花畑に立っていた。目の前には、以前一緒に暮らしていた、いまでは動かなくなってしまったあの人形が立っていた。

 その人形はなにも言わず、笑顔だけを青年に見せ、キバナコスモスの花畑で花冠を編んでいた。その花冠を青年の頭に乗せ、人形はどこかへと走り出す。青年もその後を追う。けれども捕まえることはできず、人形はそのまま、花畑の中へ溶け込んで消えてしまった。


 目が覚める。周囲を伺うとまだ夜中のようだった。

 少しだけ身体を起こして部屋の中を見ると片隅に、先程夢に出た人形が、もうがらんどうになった人形が座っていた。

 青年はまた布団にもぐりなおし、傍らで眠る人形の頭を撫で、自分に問いかける。


 自分はいつまで人形を愛し続けるのだろう。

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