20 - エピローグ 宴のあとで

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国王の帰還を祝う宴でマリーは大活躍。

なのにサイードはなぜか不満げで……?

気持ちを確かめあったマリーとサイードが迎える夜は……。

作:ケイ・ブルー(Kay Blue)

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 その日、マリーは全力で国王陛下の晩餐に腕をふるった。

 もちろん、ジャマルたちもここいちばんの祝賀料理を次々とこしらえていった。

 この数日、王宮内では“料理人の腕があがったのではないか”という声が聞こえていたが、マリーの仕事ぶりを目の当たりにしていた使用人たちは、それがだれのおかげなのか言われなくともわかっていた。

 実際にマリーの料理を口にした国王自身、目を見張った。

「さすがフランソワーズの娘だ」

 うなりながら舌鼓を打つ。

 コースの締めくくりでは、サイードとマリーが出会うきっかけとなったあのタルトがふるまわれた。

「これは……」

 国王はひと口食べて顔を上げた。

「この味にまた会えるとは!」

 かつてフランがこの王宮で出したことがあったようで、当時も国王とアレクシアがいたく気にいっていたらしい。

 それだけフランはこの国のスパイスを研究し、その使い方を自分のものにしていたということなのだろう。

 タルトだけでなく、何種類も並んだデザートを次々とほおばっていく国王。

 サイードの甘党は遺伝だったのね、とマリーは思わず頬をゆるめた。

 サイードも父親の反応にはおおいに喜んだものの、祝賀の席でマリーが隣にいないのは不満だった。

 しかし、国王にどうしても自分の料理を食べてもらいたいという彼女の願いを聞き入れないわけにはいかなかったのだ。

 ようやく宴が終わったころ、厨房で後片付けに取りかかろうとしていたマリーのところへ、眉間にしわを寄せたサイードが大またでやってきた。

 いきなり彼女の腕をつかむと、周囲をぐるりとにらみつける。

「よいな?」とひと言。

 あっけにとられる使用人たちの返事も待たず、サイードはマリーを厨房から連れ出した。

「ど、どうしたの、サイード?」

 強く腕を引かれ、マリーはあわてて小走りに彼のあとをついていく。

 サイードの向かった先は、彼の自室だった。

 ドアを破るかのような勢いで猛然と部屋に入ると、ドアが自然に閉じたのと同時に、マリーは抱きすくめられていた。

「もう限界だ……」

 苦しげに彼がつぶやき、マリーの首筋に顔をうずめる。

 彼女のにおいを吸い込んで顔をあげると、激しく唇を重ねた。

「んっ……んんっっ」

 息が止まりそうなほど激しい口づけ。

 マリーの唇ごと食べてしまいそうな勢いでサイードは貪った。

 彼女の舌をくすぐり、絡め取って、息づかいを荒くさせる。

 ふたりとも、いっきに体の熱があがった。

 互いの背中や脇腹を両手でまさぐりあい、体を押しつけあう。

 ようやく唇を離したときには、どちらも肩で息をしていた。

 濡れた瞳で見つめあい、サイードが両手でマリーの顔を包み込む。

「帰ってきたときから一刻も早くきみとこうしたかった。それなのに、次から次へとじゃまが入って……もう待てない」

「ねえ……」

 マリーは彼の手首にそっと手をかけ、少しだけ押しとどめるしぐさを見せた。

「あなたが国王さまを助けるために出発する前の晩……」

 一瞬言いよどんだが、思いきって口にした。

 気がかりなままでは、どうしても前に進めない。

「イヴォンヌは、この部屋に入ったんでしょう?」

 サイードが目を見開く。

 しかし、すぐに察したようだった。

「聞いていたのか」

「いいえ!」

 即座にマリーは否定した。

なんかいなかったわ。聞いていられるわけがないじゃない。でも勘違いしないで、責めるつもりはないの。ただ、どうしても知らないふりができなかっただけ……ごめんなさい。そういうことを許さないとか、そういうつもりじゃ……」

「へえ、きみは許すのか?」

 どこか不機嫌そうな、けれど甘い顔でサイードは上からマリーを見おろした。

「《《そういうこと》をぼくがしても、かまわないと?」

 マリーの顔が泣きそうにゆがんだ。

「い……いやよ。ほんとうは許したくない。あなたがほかの女性にふれるなんて! でも、それでも、わたしはあなたを愛してるみたいなの……」

「マリー」

 サイードはふたたび彼女の顔を両手で包み込み、そっと唇をふれあわせた。

「意地悪を言ってすまなかった。きみこそ勘違いするな。あの夜、彼女を部屋に入れたのは、そうしないと騒がれそうだったからだ。きみはもうやすんでいると思っていたし。彼女は自分の部屋や、きみの部屋の場所にも不満を持っていた。とにかく彼女を静かにさせようと部屋に入れて、話をして、すぐに帰した。将来のことは、父を救い出してきたらはっきりさせると言ってね。どうも彼女は勘違いをしたみたいだったが……」

 彼は肩をすくめた。

「じゃあ……彼女とは……」

「なにもなかった」

 マリーの瞳から涙がひと粒こぼれた。それを見てサイードは彼女をかき抱き、激しく唇を求めた。

 そうしながらマリーのコックコートのボタンを飛ばす勢いではずし、二重になった前布を大きく開いた。

 そこで彼は、くくっと笑った。

「どうしたの?」マリーはけげんな顔をした。

「いや……初めてパリのレストランできみと会ったとき、それからぼくの家でパーティをしたときも、こうしてきっちり着込んだコックコートを開いて剥ぎ取るのは、楽しそうだと思ったな、と」

 マリーの顔が一瞬にして赤く染まった。

「そんなこと考えてたの?」

 思わず両腕で自分の体をガードする。

 サイードはいたずらっぽく笑い、彼女の手首をつかんでそっと腕をおろさせた。

「しかたがない。きみはそれほど魅力的だった。おそらくぼくは、最初からきみを……」

 コックコートを彼女の肩から抜き、ばさりと落とす。むきだしになったマリーの腕をつかみ、ゆっくりなでさすると、マリーの背筋に震えが立ちのぼった。

「さあ、おいで。これ以上ぼくを焦らさないでくれ」

 サイードはマリーを横抱きにさっと抱きあげ、ほんの数歩でキングサイズのベッドに連れていった。

 どこまでも沈み込むようなふんわりとしたマットレスに彼女をおろし、上から覆いかぶさる。

「ずっとこうしたかった。やっとだ……」

 マリーは彼の頬に手を当て、その目をまっすぐに見つめた。

「無事に帰ってきてくれてありがとう。ほんとうにうれしいわ。わたしはもう、それだけで……」

 サイードの顔に愛と激情が燃えあがり、また深く口づけた。

 やがて、かすかにふれあうぎりぎりのところまで唇を離すと、吐息混じりに彼はささやいた。

「じゃあ、生きて帰ってきたごほうびに、ひとつお願いを聞いてくれ」

「なに……?」マリーの目はもうとろりとして、どんなことでも受け入れそうだ。

「明日の朝は、ぼくと一緒に朝食をとること。それまでは、きみひとりでこのベッドを出ていくことは許さない」

 マリーは小さく目を見開き、それからやさしく微笑んだ。

「お願いにしては少し言い方がおかしい気もするけれど、とてもすてきなお願いだわ……わたしの王子さま」


― 完 ―

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【漫画原作】運命のシークと愛のスパイス ― A Lovely Spice for Sheik ― スイートミモザブックス @Sweetmimosabooks_1

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